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浜松西高80周年 西山台に時移り

校史編 トビウオ 豪快泳法に全校驚喜

豪快な泳ぎを見せる現役時代の古橋広之進さん

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 「丸太ん棒のような腕で、だばんだばんとやる感じ」。華麗な、という形容詞は当てはまらない。古橋広之進(昭20卒)=東京都=の豪快なクロールが、古橋正己(昭26卒)=浜松市富塚町=の脳裏に焼き付いている。

 浜松商業高プールで日大水泳部の合宿が行われた一九四八(昭和二十三)年、二中水泳部員の正己も合流し、広之進の練習を目の当たりにした。戦中、動員先の工場で左手中指を切断するというアクシデントからはい上がったその泳ぎは、変則的で、かつパワフルだった。翌年、広之進は全米選手権の自由形三種目で世界新記録をたたき出し、圧倒的強さで優勝。米国の新聞から「フジヤマのトビウオ」の名を冠せられた。 

 広之進の活躍は、敗戦で意気消沈していた日本人をおおいに元気づけた。そして、学制改革で二中から生まれ変わっていた浜松西高生や関係者も驚喜させた。

 「もう“感激”の一言だった」とは、鈴木晃(昭25卒)=浜北市内野台。何もかもが不足していた時代、祝勝会など特別なイベントこそなかったが、OBの活躍に西高はわいた。また、本多秀行(昭28卒)=浜松市菅原町=には入学前年の出来事。「映画の合間にニュース映像で見たレースの興奮が忘れられない」と話す。広之進と交友があった親せきから手に入れた写真とサインは、今も引き出しにしまってある。

 全米選手権から帰国後、広之進は西高で凱旋(がいせん)講演をした。話の内容こそ忘れたが、鈴木はその後プールで披露された泳ぎに感動した。「きれいではないが、豪快で滑らかだった」。正己も「二百メートルか四百メートルだったか、水泳部員の何人かがリレーで挑んだけど、負けた」という。

 現役時代、世界記録更新は計三十三回。「親せきに、西高は古橋広之進の母校だよ、と言うと、へえーと言われる」というのは二年生の小粥隆弘。半世紀を経ても、広之進は郷土のヒーローだ。同じ二年の枝村知美も「誇れる先輩がいるのはすごい」と感じる。

 広之進と正己は同じ雄踏町山崎の出身だ。「山崎は“かっぱの産地”。泳げないと遊びの仲間に入れないから、みな小さなころから浜名湖で泳ぐんだ」(正己)。浜名湖で泳ぎを覚えた広之進は、二中草創期の先輩たちが人力で掘りあげた二十五メートルプールから巣立っていった。

(文中敬称略)

 

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