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浜松学芸高100周年 学芸の詩

同窓生編 歌心ある書 音楽に通じる書道コース

 音楽のように書く−。書道家として活躍、県書道連盟常任理事も務める田代愛子=湖西市鷲津、旧姓山下、昭38卒=は高校時代、音楽に打ち込んだ。「その呼吸は書に生かされている」と田代。今春、書道コースを開設した母校を格別な思いでみつめている。

 田代は器楽の名門新居中から器楽部の特待生として入学した。三十数人のバンドで、田代は一年生ながらソプラノアコーディオンのソリストとなる。「練習は朝も毎日一時間、放課後も暗くなるまでやりました。休みは盆と正月ぐらい」。そうして臨んだ全国大会では初出場ながら銀賞、翌年、1位の金賞に輝いた。

 一方、二年のとき生徒会副会長も務めた。生徒会役員として当時校長の中村春子と一緒に学校関係者の葬儀に参列したことがある。その際「先生が『女性が一番楽に歩けるヒールの高さは三センチよ』と。その言葉をやけによく覚えています」。音楽一辺倒から離れ一女性を意識した一瞬だった。

 部長を務めた三年時は訪問演奏や発表会の自主企画などで「楽しむ器楽」を試みる。「浜松盲学校では心から演奏を楽しむ生徒さんの表情が思い浮かびます。発表会ではチケットを手売りしたりパンフレットの広告取りをしたり。手作りの音楽を楽しみましたね」

 卒業後、銀行に勤め二十歳の時、県書道連盟元副理事長四谷土門の門下生となる。約二十年間、師事し「しっかりした線質や書風の大切さなどをたたきこまれた」。妥協を許さず展覧会の出品作には一文字に一反(百枚)を費やすなど何度も書き直し「紙くずだらけの部屋で徹夜もザラでした」

 「書も音楽の要素がある。例えば長い線は長いソロを弾くときのように大きく息を吸って一気に書き上げる。筆を走らせる私の中でいつも音楽のリズムが刻まれ、歌心のある書を心がけているんです」。三カ所に書道教室を持ち、連盟役員として年数回、公募展審査員を務める。目を通す作品数は年間一万点以上にも。連盟では田代ほか吉田(旧姓玉置)万起子(昭44卒)や藤原(同袴田)和代(昭53卒)も役員として活躍している。

 総合芸術校を目指す本校に今春、高校では東海地区初の書道コースができた。田代は「書道は女性が自立できる分野。優れた学校環境を大いに生かしてほしい」とエールを送り「時間が戻せるなら私も再入学したい」と笑う。

(文中敬称略)

 

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