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二俣高校90周年 「木の花」の下で

学校の歩み 男女共学

寄宿舎生活で結束強く

寄宿舎の生活風景(撮影年不詳)=学校記念誌より

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 戦後の新憲法制定で一九四八(昭和二十三)年四月に新制高校が発足。二俣高女は男女共学の県立二俣高校となった。翌年四月には高校再配置により天竜林業高と統合。二年後には分離独立して農業部は元の天竜林業高に、普通部は従来通りの二俣高となった。教育の変革期でもあった。

 この時代、北遠地域の最寄りの高校といえば二俣高と天竜林業高。「高校進学者が少ない中、進学を許してくれた父親には本当に感謝している」。そう話すのは、元水窪町議で行政書士の田村寿彦(70)=高校6回卒、浜松市水窪町。

 「水窪からの自宅通学は無理なので寄宿舎に入った。と言っても前身が女子校であったため当時は男子寄宿舎がなく、町中に家を借りて寄宿舎としていた。同じ釜の飯を食べた仲間だから結束は強い。今でも付き合いが続いているよ。勉強も他校の生徒に負けまいと頑張ったなあ」と思い出は尽きない。

 戦後の混乱期から安定期へ向かう昭和三十年代前半。二俣高の生徒は勉学、スポーツに打ち込み、青春をおう歌した。ライオン、オカチン、ハブラシ…。本名よりあだ名で顔が浮かぶユニークな先生も多かった。

 「なかでも印象深いのは岡野先生。熱心な先生で生徒に慕われ、いつも話し相手になってもらった」と懐かしむのは高校12回卒の鈴木鐵男(63)=浜松市新堀。運送・倉庫事業会社浜名梱包輸送の社長を務めるが、長年の会社経営の中では岡野先生の言葉をよく思い出したという。

 「『人と話すときは平等に、自ら率先してやる、自分の言ったことに責任を持つ』。今も心掛けています。私は二俣高の卒業生であることを誇りに思っている。後輩たちには自信を持って頑張ってほしい」と声援を送る。

文中敬称略

 

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