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豊橋にハマグリ加工場 縄文中期、中部以西で珍しい

 愛知県豊橋市の坂津寺(さかつじ)貝塚が、縄文時代中期後半(約4500年前)の「ハマグリ専門加工場」だった可能性の高いことが、同市教育委員会の調査で分かった。縄文中期の組織的な生産活動を伝える遺跡は、国史跡の中里貝塚(東京都北区)など東日本にはあるが、中部以西では極めて珍しい。縄文人の“グルメ生活”や経済活動を探る貴重な手がかりになりそうだ。

 坂津寺貝塚は「牟呂(むろ)貝塚群」と呼ばれる7つの貝塚の1つ。1970年代の発掘調査でおおよその規模が把握されたが、詳細は不明だった。現在は三河湾から約3・5キロ内陸にあるが、江戸時代の新田開発で埋め立てられるまでは、遠浅の海に面していた。

 遺跡を含む一帯で土地区画整理事業が始まるのを前に、市教委が2017年5月から約1000平方メートル分を発掘。高さ最大約1・6メートル、幅約6メートル、長さは24メートル以上の、ほぼハマグリだけの貝殻の山が出土した。

 炭交じりの土を挟み、少なくとも4層に分かれている。石を組み合わせた炉のような施設も55基前後見つかり、さらに増える見通しだ。市教委は「炉でハマグリを煮てむき身にし、殻がたまれば整地して再び作業場にする過程を繰り返したと考えられる」としている。

 周囲に住居の跡は確認されず、縄文人は離れた居住地から通い、潮干狩りや加工にいそしんだらしい。貝殻の量は、この地域で消費するには多すぎることから、煮たハマグリを干して日持ちしやすくし、交易の商品にしていた可能性もあるという。

 貝殻のサイズは大小さまざま。「今なら料亭で出るような大物も多い。海水で煮れば塩辛いはずで、だしを取るのに喜ばれたのかも」と調査担当者は想像を膨らませる。

 牟呂貝塚群の他の6つの貝塚でも計数100の炉が出土している。坂津寺貝塚と特徴が似ており、一帯がハマグリ加工で栄えたらしい。

 ただし6つの貝塚は、縄文後期から晩期(約3800〜約2300年前)のもので、坂津寺貝塚の加工場跡は年代が大きくさかのぼる。

 また、他の貝塚の炉の大半は石組みがなく、土器を地面にじかに置く構造で「ハマグリの需要拡大に対応するため、簡易な炉に変化していったのでは」と担当者は推測する。

 調査は3月末までで、2月中旬に現地説明会が開かれる予定。

 (中日新聞)

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