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中日新聞の本

月刊グラン

2018年8月号(7月12日発売)

 

■グラン・インタビュー 菅原由勢

■指揮官が語る「逆襲」へのシナリオ

◆飛騨古川キャンプ 新戦力リポート

◆天皇杯詳報

◆dela池永百合の蹴球七日

内田健太

◆とじ込みミニカレンダー ガブリエル・シャビエル、ランゲラック

 
写真:黒川真衣

写真:黒川真衣

■グラン・インタビュー 菅原由勢

18歳。名古屋を背負え

1年半前、気合の丸刈りでロングインタビューに登場した少年は、強気に語っていた目標を着実に実現させていた。

2018年グランパスの開幕スタメンを勝ち取った菅原由勢。

17歳最後の旅は、濃密な時間を締めくくるにふさわしい、

ロシアワールドカップを戦う日本代表とのコラボレーション。帰国の機内で18歳を迎えたプロフェッショナルフットボーラーの前途は、

希望の二文字しかない。

グランパス、日本サッカー界の将来を背負う、まさに「名古屋の希望」だ。

J2降格というショッキングな表紙の月刊グラン2016年12月号。このなかに菅原由勢のロングインタビューが収録されている。翌年にインドで行われたU−17ワールドカップの出場権を獲得したばかりの少年は、16歳とは思えぬコメント力で、「18歳でプロ契約して、20歳でスタメンを獲得したい」と目標を語っていた。そのすべてを17歳のうちに実現させてしまったことは、まさに「有言実行」の極みだ。インタビューしたのは6月16日。翌日からはU−19日本代表の一員として、ロシアでワールドカップを戦う日本代表のトレーニングパートナーとしてベースキャンプ地・カザンで10日間にわたって帯同、日本代表の試合も観戦する。フットボールの祭典を肌で感じる、胸を高鳴らせる思いがあふれていた。

――いよいよ、ロシアへ出発。10日間ですが、代表チームと同じ合宿地で練習して、試合も観戦する。ワールドカップの雰囲気も味わえる刺激的な日々になりそう。

菅原 決まったときはめちゃめちゃうれしかったです。4年前の杉森考起先輩のようにトレーニングパートナーがあることは分かっていたし、目指していたところでした。ただ、いい経験をするというだけではなくて、経験したからこその強みというか自信というか、今後の自分のプレーに反映させなければいけないと思っています。楽しみでワクワクしていますが、ただ過ごすだけではなく、できるだけ多くのものを吸収したいと思っているので、常にアンテナを張って過ごしたいと思います。

 17歳でワールドカップの雰囲気を感じることはいい経験だと思うけれど、結局、そのピッチに立たなければ意味のないこと。すべては自分がワールドカップに出るための過程だと思っているし、出場する資格がある以上は出てこそだと思っている。ピッチの中にいるのか、スタンドにいるのか、その間の壁はめちゃめちゃ厚いけれど、その壁を見たことで、越えやすくなるというイメージができるはずです。

――ロシアで締めくくる17歳の1年間はとても濃密でした。U−17日本代表として世界各地で合宿を重ね、ワールドカップではフランス、イングランドと欧州の強豪国とも対戦した。グランパスU−18では1年でのプレミア復帰に貢献。年が明けて2月の沖縄キャンプからトップチームに合流して、2種登録、開幕スタメン。5試合連続出場でプロA契約。詳しく聞いたら10ページでも足りない。

菅原 本当にいろいろありました。濃すぎましたね(笑い)。プロ契約という設定していた目標を達成したので、周りから見れば十分合格点だと思うかもしれません。でも、1年間がすべて良かったかといえば、そういうわけではありません。すべては将来の自分につながっていくもの。17歳でプロ契約して開幕スタメンになっても、20歳や25歳になったときもスタメンなのか、日本代表なのかということは分からない。僕自身、全然満足はしていないし、逆に今は危機感しかない。同世代もどんどんプロ契約してくるので、もっとうまくならなければいけないし、もっと経験しなければならない。僕の中では常に戦いの毎日です。

(続きは18年8月号で)

 
写真:木村友仁

写真:木村友仁

■指揮官・風間八宏が語る「逆襲」へのシナリオ

7月18日に再開するJ1リーグで、最下位からの逆襲を目指すグランパス。風間八宏監督を長年取材したフリージャーナリスト・竹中玲於奈氏が、指揮官の持つ逆襲へのシナリオをインタビューを交えて解き明かす。

 
写真:黒川真衣

写真:黒川真衣

■dela池永百合の蹴球七日:内田健太

胸に刺さる言葉

池永百合さんが、選手のオフ・ザ・ピッチを中心に紹介する好評連載。今回のお相手は、左足から放つ、鋭いキックに定評がある内田健太選手です。グランパスを観て育った内田選手の、クラブ愛あふれるインタビューになりました。

百合 まず、サッカーをはじめたきっかけから教えてください。

内田 父の影響ですね。父が社会人チームで、おじは日本リーグのコスモ石油でプレーしていたので、サッカーが身近にある環境でした。

百合 クラブ公式サイトのプロフィルで、尊敬する人として、お父さんを挙げています。どんな方ですか。

内田 口数の少ない、背中で語るタイプかな。俺の意見には何も言わず、お前の好きなようにしろ、がんばれ、とだけ言ってくれる感じでした。成長する過程で、その背中を見ながら、かっこいいと思っていました。親父には言ったことないですけどね。

百合 サンフレッチェ広島ユースへは、どういう経緯で?

内田 はじめは四中工(地元の名門、四日市中央工業高)へ進むつもりでした。父から「お前は何になりたいんや。プロ選手になるのはユースに進むのが近道じゃないのか」と問われ、練習参加から帰ってすぐ、広島行きを決めました。進学準備のために、中学三年の3学期に、広島の学校に転校しました。

百合 広島を選ぶ決め手になったのは?

内田 サッカーに打ち込める環境ですね。広島市の中心部に出るのに、バスで1時間半ほどかかる山の中でした。グラウンドは山の上、その下にクラブの寮があって、ユース生全員が通う高校が少し離れた場所にある。その三つを自転車で行ったり来たりする毎日でした。山奥に閉じ込められて、今思えばすごい環境でしたね。

(続きは18年8月号で)

 
幼稚園年長組の時、長男・大輔さん、次男・崇晃さんとサンフレッチェの応援スタイルで写真に納まる和也(右)

幼稚園年長組の時、長男・大輔さん、次男・崇晃さんとサンフレッチェの応援スタイルで写真に納まる和也(右)

〈その他の内容〉

・THE DAYS 宮原和也 最終回

2013年春、高校3年になった宮原和也はトップチームとプロ契約を結ぶ。雌伏の時を経て、グランパスに期限付き移籍した宮原は潜在能力の高さを証明した。宮原和也の「THE DAYS」最終章―。

・革命ウォッチャ―特別編 榎本大輝と児玉駿斗 ふたりの「ボール中毒者」が生まれたルーツ 中央学院高校、東海学園大学、そしてグランパスへ

・賀川浩 「続・このくにとサッカー」 

日本代表監督の交代劇

・大住良之「夢の劇場物語―スタジアムをめぐる話」

ロシアW杯メインスタジアム

・オーシャンズニュース

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