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ふくい経済 シゴト咲く

生地から販売まで アルマック

 天谷 賢作(あまや・けんさく)社長 70歳

「満天カーテン」を手に笑顔を見せる天谷賢作社長=福井市三宅町で

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高機能カーテン自信

 オーダーメードの高機能カーテンを製造から販売まで手掛け、大手インターネット通販サイトで上位を維持してきた。「まねしようとしてもできないと思います」。自信は長年の積み重ねに裏打ちされたものだ。

 大学を卒業後、父の土木会社を手伝い始めたが、経営難で独立を余儀なくされた。当時三十五歳。あわら市で妻の朱実さん(65)と、資金が少なくてもできるカーテンの加工を請け負う事業を始めた。ほどなく大手の縫製工場が閉鎖されると聞き、設備を買おうと思って訪ねると、そのまま工場を買い取ることになり、カーテンの製造販売が本格化した。

 ただ、海外製品に押されて国内の繊維産業は厳しい競争にさらされた。「厳しさを感じてか、若い人を雇おうと募集しても、人が集まらない。そこで、一九九九年から中国人の研修生を受け入れるようになった」

 だが、研修生を受け入れる組合への仲介料の支払いで、研修生にはわずかな給料しか残らないことを知り、自社で組合をつくって待遇改善を図った。二〇〇二年、中国に進出。〇五年には浙江省に工場を建て、研修を終えて母国へ戻る若者たちを雇い、働き続けてもらうことにした。

 現地で働く中国人は約百人。その半分ほどは日本で三年間の研修を受けており、日本語に困らない。一五年には第二工場も完成し、東南アジアやヨーロッパ向けに販売する拠点にまで成長した。

 経済成長で現地の給料はこの十年余で七倍近くに跳ね上がった。日本での研修経験者を雇うことで、少ない人数で生産性を高め、製品価格の上昇を抑えた。「人材育成に手間をかけているから、より生産性が高く、日本からの細かな注文にも対応できる」

 中国工場は、ネットを介した多品種少量生産のビジネスモデルに欠かせない存在だ。ネット通販は競争が激しいが、生き残るには「独自の商品開発と低価格を実現しないと」ときっぱり。柄やサイズの注文をネットで受け付け、中国で織った生地を日本で加工する生産体制を確立した。並行して断熱、防音、遮光などの加工技術も高めた。

 「生地から販売まで一貫して自社でやることで、独自の小さな技術をたくさん持つことができ、さまざまな困難にも対応できる」。大学と連携しての技術開発にも熱心。「今も困難はたくさん。奮闘していますよ」と苦笑するが、そう言う天谷社長の後ろで、荒波にもまれながら築いた自社ブランド「満天カーテン」が優雅に揺れた。 (中崎裕)

 天谷 賢作社長

 福井市出身。成和中、高志高を卒業し、芝浦工大で土木を専攻した。父親の土木会社を経て独立し、親類の縁で縫製業を始めた。1946年10月14日生まれ。

 カーテン製造販売 アルマック(福井市)

 1981年、芦原町(現あわら市)に有限会社ソーイング・フクイを創業。83年に福井市三宅町へ移転し、98年に社名を「アルマック」に変更した。中国・浙江省に現地法人の工場を持ち、従業員は日中両国で計約150人。

 

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