トップ > 日刊県民福井から > ふくい経済 シゴト咲く > 記事

ここから本文

ふくい経済 シゴト咲く

土地に根付く菓子 森八大名閣

 森 雅信(もり・まさのぶ)社長 54歳

「地元の人に誇りに思ってもらえる会社にしたい」と話す森雅信社長=福井市大手3丁目の森八大名閣本店で

写真

人生の節目とともに

 創業八十二年の和菓子店の三代目。「お菓子は冠婚葬祭など人生の節目とともにある。そのような時に思い出してもらえるお菓子屋でありたい」と話す。

 高校生のころまでは、後を継ぐつもりはなかった。ものづくりが好きで、高校の理数科に入学。橋やビルの設計士になることを夢見た。反対する父親とけんかしたが、ある日「好きな人生を歩め」と言われた。かえって不安になり、それまでの考えを改めた。父は「継ぐなら広い世界を見なければいけない」と大学卒業後の海外渡航を勧めた。

 大学で経済や財政を学び、卒業後にパリへ。菓子店を一店ずつ訪ねたり、ガイドブックで探して手紙を出したりして、四店で菓子作りを学んだ。ドイツの店でも修業し、一九八六年に帰国。家業に就いた。

 主力は和菓子だが、四十年ほど前から洋菓子も作ってきた。専門店として発展させたのが九三年に開いた「オルロージュ」(福井市種池二丁目)。「時計」を意味するフランス語の店名に、ヨーロッパ修業時代に学んだ思いを込めた。

 サクランボの時期になると、種を抜いてシロップに入れ、瓶詰めする仕込みの作業をした。リンゴの季節になれば、皮をむいて甘露煮にした。季節の物を採り入れる和菓子と洋菓子は別という先入観が崩れた。

 「お菓子は国によって素材は違っても、生活に密着した土地のもので作るということを知った。今を表すものを作る店にしたいとの思いから、時計(店名・オルロージュ)を象徴として名付けた」

 試練を迎えたのは社長に就任して間もない九六年。本店(同市大手三丁目)を建て替え、開店が間近に迫る中、従業員が次々と辞表を出した。勢いだけでリニューアルを進め、離反を招いたと振り返る。「裸の王様だった」。事情を知った元社員や同業他社の従業員が手伝いに駆け付けてくれた。「ありがたかった。経営とは何かを考えるきっかけになった」

 知り合いの社長の勧めで五年前に始めた大卒の新卒採用が転機となった。応募があるのか半信半疑だったが、毎年採用できた。若手に任せることは任せ、会社の将来を考える余裕ができた。

 「理想を語ると社員も応えてくれた。以前はいかに仕事をこなすかという話が多かった。どう世の役に立つ仕事をするかという話をするようになり、社内の雰囲気も変わった」

 菓子は土地の文化や歴史、習慣、人の思いに根付く。それらを形にして発信する会社を思い描く。「行き着くのは人づくり。品格があり、喜んで働く会社にしたい」 (平野誠也)

 森 雅信社長

 高志高校、横浜市立大商学部を卒業後、フランス、ドイツで菓子作りを学ぶ。帰国後に入社し、1995年に社長に就任した。61(昭和36)年4月27日生。

 菓子製造販売 森八大名閣(福井市) 

 1933(昭和8)年、東京で創業。疎開先の福井市で46年に開業した。本店のほか福井、坂井両市内に3店、別会社として福井市内に1店を構える。従業員30人。年商3億4000万円。

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索