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松本源太郎に光  漱石に英語教えた恩師

松本源太郎=公益財団法人武生郷友会所蔵

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漱石の書簡について話す斎藤隆さん=越前市内で(蓮覚寺宏絵撮影)

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越前府中生まれ 

郷土史研究家斎藤さん講演で紹介

 明治の文豪夏目漱石(一八六七〜一九一六年)が、英国留学中に福井市出身の国文学者芳賀矢一(はがやいち)(一八六七〜一九二七年)らに宛てたはがきが市内で見つかったことなどを受けて、同じ時代に活躍した越前府中生まれの教育者、松本源太郎や、漱石が松本に書いた礼状に光が当たっている。 (清兼千鶴)

 郷土史研究家の斎藤隆さん(67)=越前市=が六月、「松本源太郎の生涯」を演題に同市中央図書館で講演し、漱石が松本に宛てた礼状に触れた。同図書館が東京都に住む松本の子孫と連絡を取り、漱石から届いた礼状など二通の書簡を確認。撮影した写真をデータで送ってもらい、読み下しを付けたパネル仕立てにして図書館で紹介している。

 松本は第一高等中学校(東京)の教師となり、後に、漱石に英語を教えた。熊本第五高等学校の教頭時代には、同じ学校で英語教授だった漱石を国の海外留学生に強く推薦したという。留学の辞令を受けた漱石は一九〇〇(明治三十三)年六月に「御尽力と深く感謝致候」と感謝の気持ちをつづった礼状を松本に送っている。

 漱石は芳賀らと同じ船で欧州に渡っており、松本と漱石だけでなく、芳賀との縁もつながった。斎藤さんは「漱石の留学を後押ししたのは松本だった。漱石と芳賀らの出会いは偶然ではなく、強い神秘的な糸で結ばれていた」と喜ぶ。

 礼状は、五五(昭和三十)年刊行の漱石全集に収められている。編集部が実物を確認した印はなかったが、漱石を研究する中島国彦・早稲田大名誉教授(72)が、松本の子孫宅を訪ねて礼状を確認。「漱石とつながりがありながら、松本は注目されていなかった。光を当てようという動きが出てきて、とてもうれしい」と話している。

 漱石が松本に宛てた二通の書簡の写真パネルは八月一日まで越前市中央図書館に展示されている。

 松本源太郎(まつもと・げんたろう=1859〜1925年) 越前府中本多家家老・松本晩翠の長男。福井藩校「明新館」で米国人教師グリフィスの実験を観覧し、その後グリフィスのまな弟子に英語を学んだ。帝国大学文科大学卒。福井藩主松平春嶽の孫の英語留学の監督役として渡英し、自らもオックスフォード大で学んだ。学習院教授、同女子部長、宮中顧問官なども務め、日本の近代教育に尽くした。

 

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