文字サイズ

全国ニュース

<九条を選ぶ>(下) 風化する戦争

 衆院選の公約発表で、自民党の安倍晋三総裁は言い切った。「できることしか書かない」。明記されたのは、国防軍の保持と集団的自衛権の行使。政権を奪い返したら九条改定に本気で取り組む、との宣言だった。

 その自民で二〇〇〇年四月から八カ月間、党の事実上のトップである幹事長を務めた野中広務さん(87)は苦言を呈する。

 「いまの日本の不況は、自民党政権が招いたもの。その繕いをしなければならない時に改憲を訴えるなんて、謙虚さがない」

 野中さんは〇三年、自衛隊派遣を目的としたイラク特措法案が党内で話し合われた際、抵抗を試みた経験がある。党のその後の右傾化ぶりに「自民党には、おおらかさがなくなった」と嘆く。

 改憲論は自民以外にも広がる。本紙は今回の衆院選で、中部九県の小選挙区立候補者に集団的自衛権行使への考えを聞いた。「憲法を変えて、認める」と回答したのは全二百十七人のうち五十五人。党別の内訳では、自民二十七人、日本維新の会十人のほか、民主党と日本未来の党、みんなの党でも計十二人が改憲を主張した。

 高知県の陸軍部隊で終戦を迎えた野中さんは「過去の悲惨な状態を知らない人たちが政治家になってきている。時代が風化し、記憶が薄れている証拠だ」と指摘する。

 過去、九条は何度も改定に揺れた。だが野中さんは、今が本当の危機だと感じる。平和な時代に生まれた候補者や有権者に「誰でも親戚を探せば、戦争の犠牲者がいるはず。外国にも多くの犠牲者を出したことを考えてほしい」と呼び掛ける。

 衆院選を通じ、政界でも有権者の間でも、大きな論争にならない改憲問題。その要因を、米国出身の映画監督で早稲田大教授のジャン・ユンカーマンさん(60)は「現在の日本には軍事的な文化がない。戦場で人を殺すことを想像できないから、強い反対もないのでは」とみる。

 一九六〇年代、ベトナム戦争に突き進む米国の姿勢に疑問を感じ、日本に留学。〇五年にドキュメンタリー「映画 日本国憲法」を製作した。世界の知識人に平和憲法の価値を聞いて回った。

 同じ年、衆参両院の憲法調査会が最終報告書を提出。結党五十年を迎えた自民党は、九条を改定する新憲法草案を発表した。映画製作の動機を「憲法が変わったらこうなってしまうよ、と日本人に示したかった」と振り返る。

 現在、世論調査では九条改定の賛否が拮抗(きっこう)する。ユンカーマンさんは「憲法は民主主義の結晶で、社会の心臓。市民の中に大きなうねりが起こった時こそ変えるタイミング。今なら政治家の押しつけだ」と指摘する。

 米国の占領下で生まれた平和憲法。日本人にとって自ら選び取ったとの意識は薄く、空気のように隣にあった。「改憲が、議論なく進むのは怖い。もっと慎重に話し合ってほしい」。ユンカーマンさんの願いだ。

 (この連載は、社会部・栗田晃、坪井千隼が担当しました)