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愛知ニュース

7区候補者 政治家として(上) 原点

 衆院選も折り返し点を過ぎ、候補者たちは有権者への訴えに政治家としての全精力を傾注している。愛知7区の候補者たちに、いま一度、政治家を志した原点と、国会議員として実現したいこだわりの強い政策を聞いた。二回に分けて紹介する。 (上から届け出順)

◆政経塾で信念固める 鈴木淳司さん(56)自前

 初めて政治を意識したのは一九六三(昭和三十八)年、五歳で見た米国ケネディ大統領暗殺のニュース。世界がこんなに騒ぐ政治って何だろうと衝撃を受けた。しかし、自分は零細鉄工所の息子。周囲に政治家もいない。「政治家になりたい、でも自分には無理だという逡巡(しゅんじゅん)を繰り返してきた」と振り返る。

 この道しかない、と決めたのが二十三歳で入った松下政経塾。同期の松沢成文・元神奈川県知事や樽床伸二・元総務大臣らと理想を語り合い、一つの結論にたどり着いた。

 それが「人間は死ねば名誉、財産、地位は関係ない。自分が満足する生き方は生涯を通して社会に貢献する」という考えで、今でも政治家としての信念になっているという。

◆犯罪被害と向き合う 山尾志桜里さん(40)民元

 冬ぐらいは屋内で過ごそうと刑務所に入るため万引に走った年配のホームレス、仕事がなくニセ電話詐欺会社に入った若者、孤独感を募らせ、さい銭泥棒に始まった非行から殺人犯となった少年…。四年の検察官時代、何人もの犯罪被疑者の人生と向き合った。

 その中で垣間見えたのは、社会に希望を持てない人が犯罪に走り、その犯罪が被害者の希望を奪うという悲しい現実だった。「犯罪を生む社会のゆがみを変えなくては」。政界を志したのは、そんな思いが原点だ。

 出馬を決めた時、同僚たちは送別旅行を企画し、快く送り出してくれた。「検察官も政治家も、正義を貫くのが大切なのは同じ」と、仲間と誓い合った言葉は今も胸にある。

◆下請けの厳しさ経験 郷右近修さん(36)共新

 大学を卒業し、二十八歳までの五年半ほど、生まれ育った宮城県で自動車部品製造会社に勤務した。その時の体験が政治を志すきっかけになった。

 会社は自動車メーカーの下請けの仕事をしていた。「取引の単価や見積もりなどで大企業の元請けの言いなりになっていた。そういう状況の中で、同僚は長時間労働や低賃金に苦しみ、展望のない日々を過ごしていた。私自身もそうだった」

 苦しみを味わっている側、働く人たちや国民の側から政治を変えていかなければならない、という思いが強くなっていった。「議員を目指すことも含め、政治を変え、社会のゆがみをただすために頑張らなくては」。苦しみ、もがく弱者の視点。それが原点だ。