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長野

<戦い終えて>(中)民主 党より候補者を前面に

当確を受けて父の羽田孜元首相(右)に笑顔を見せる雄一郎さん=21日午後8時8分、上田市の事務所で

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 「得票率でまだ二桁の差がある。一桁に詰めろ」。選挙戦の終盤、四選を果たした羽田雄一郎さん(45)の後援会「千曲会」の幹部は、事前に予想した情勢から本人に最後のハッパを掛けた。

 自民候補に水をあけられ、当選しても二〇〇七年の約五十四万票から大幅に減らすのは確実だった。危機感を持った羽田さんは「分かりました」と答えたという。

 公示後、羽田さんは「一位での当選を目指す」と公言。当初は地盤である衆院三区の全市町村でトップの得票を目標に掲げた。

 しかし、陣営のムードは違ってきた。街頭演説をしても人影がまばらな場所が少なくない。幅広い支持を集めた二〇〇七年とは、真逆の展開だった。

 陣営幹部は「一位を取ろうとは思っていない。どれだけ差を詰められるかが勝負」と打ち明けた。陣営では「とても自民に太刀打ちできない」という実感が占め、諦めの雰囲気も漂った。

 厳しい状況を打破しようと、候補本人の人柄や実績をアピールするのに傾注し、党を表に出すのを極力避けた。「党名を出すだけで、反感を買ってしまう」(陣営関係者)からだ。危機感を持った陣営も、強固な組織をフル稼働させた。

 これらが奏功し、ふたを開ければ二十九万四千票を獲得。後援会幹部の指示通り、トップの自民候補に七万票差、得票率で7ポイント差まで迫り、三位の共産候補に倍近くの差をつけた。掲げた通り三区の市町村別得票で全勝し、底力をみせた。

 「最初は選挙になるのかというくらい厳しい戦いだった」。当確の一報が流れると、羽田さんは目を潤ませて喜んだ。

 倉田竜彦党県連幹事長は七万票差を「衆院選に続き、長野県の党は踏みとどまった」と評価。「党より候補者を前面に出して戦ったのがその要因と考えている」と語った。

 ただ、全国的な党の支持低下は止まらない。倉田幹事長は「無党派層頼りの選挙しかできなかったのに限界がある」と指摘。党勢拡大に向け、現役の衆院議員がいない県内の衆院二、四、五区のてこ入れと党員やサポーターの組織固めに力を入れる方針を示した。

 四回目の当選で、羽田さんは党内で中核的な存在となる。北沢俊美県連代表は「党は人心を一新し、再出発しなければならない。その中心に羽田雄一郎がいるべきだ」と期待を込める。党再生と地元の組織固めという、二つの大きな仕事が積み残された。