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愛知

<記者座談会>(上) 2大政党 

愛知選挙区で史上最多の票を獲得した酒井庸行さん(右手前)。選挙戦最終日にはダンサーと街を練り歩くユニークなパフォーマンスを披露した=名古屋市中区で

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 二十一日に投開票された参院選愛知選挙区は、自民新人の酒井庸行さん、民主現職の大塚耕平さん、みんな新人の薬師寺道代さんの三人が当選を果たした。十人が出馬した全国屈指の激戦。担当記者たちが選挙戦を振り返った。

 <有賀>低投票率だったけど、現場で見ていても、盛り上がりに欠けたのかな。

 <吉光>昨年暮れの衆院選も低投票率だったけど、さらに熱気がなかった。愛知の場合、自民、民主の当選は当初からほぼ確実と言われていたし、三位争いと言っても、関心を寄せたのはひとにぎりの人たちだったような気もする。

 <後藤>共産が久々に当落争いに絡んで、ベテラン党員は張り切っていた。だけど、盛り上がりが一般の人まで広がる勢いはなかった。

 <小柳>立ち止まって街頭演説を聞く人も、ビラを受け取る人も本当に少なかったよね。毎日、暑かったせいもあるけど。

 <内田>多くの有権者は「株価もましな水準になってきたし、とりあえず自民に任せとけばいいんじゃないの」という感じだったのでは。愛知選挙区の投票率も、よく50%を切らなかったと思う。

 <有賀>自民の酒井さんは百万票を突破して、愛知選挙区の過去最高記録を更新した。陣営の票読み通りだったのだろうか。

 <吉光>陣営は当初、三年前に自民候補が獲得した九十二万票弱を超えられるかどうかを目安にしていた。選挙戦に入って、報道各社の情勢調査の結果が良かったので、百万票超えを意識するようになった。でも最後まで本当にそんなに票が出るのか、半信半疑の人もいた。

 <有賀>選挙戦術がいつもと違ったの?

 <吉光>いえ、いつも通りの自民党の選挙。街頭演説の回数は他の候補より控えめにして、公示前から各種団体のあいさつ回りに力を入れていた。夜は自民支持者を集めて個人演説会を開き、票を固めた。

 <有賀>選挙戦の最終日に名古屋・栄で、若者と一緒にダンスパフォーマンスやっていたでしょ。

 <吉光>何か目新しいこともやらないとと、企画された。

 <内田>他陣営の取材中に偶然、見かけたよ。ガンガン音楽鳴らして何の騒ぎかと思ったら、酒井さんが踊っていて驚いた。でも、票は増えたのかな。

 <吉光>うーん…。検証不能です。

 <有賀>例外的なイベントということか。理路整然と政策を訴えるタイプでもなかったよね。

 <小柳>でも、北設楽郡で聞いた演説は力が入っていた。リニアが通る長野県南部へのアクセス道路を整備しよう。そうすれば、リニアの恩恵がこの地域にも及ぶという内容。公共事業による地方の発展を説く自民党らしい演説だが。

 <吉光>結局、自民支持層を固めて勝ったけど、特定の支持政党を持たない層から圧倒的な票を集めたわけじゃない。三年前の得票に十万票余りを上乗せしただけ、とも言える。昨年暮れの衆院選と同様、熱気なき大勝だったのでは。

 <有賀>民主の大塚さんは七十万票を超えて二位。陣営側はどう評価しているのか。

 <後藤>逆風にしては、上出来だったと思っているようだ。本人も、民主の看板はできるだけ強調せずに戦っていた。商店街を練り歩いて、握手を繰り返す「桃太郎遊説」を増やしたり、海水浴場に行って海に飛び込んで名前を売り込んだり。初出馬の時のような選挙をやった。本人の危機感も強かった。

 <内田>でも、七十万票を超すとは予想外だった。情勢調査のデータから、酒井さんにダブルスコアに近い差をつけられて六十万票前後かなと思っていた。

 <後藤>テレビの討論番組の常連で、一定の知名度はあった。それに、支援する各労働組合は比例代表の組織内候補を当選させようと必死だった。民主が比例代表で獲得する議席は激減すると予想されていたから、どの労組も生き残りに懸命だった。その分、選挙区の大塚さんの票も伸びたという側面があったと思う。

 <有賀>「民主王国愛知」が復活するきっかけはつかめたか。

 <後藤>とりあえず、一議席を守って逆風をしのいだだけで、危機は続いている。三年前は公認二人を合わせて百四十万票取った。今回は半減したわけだから。

 六年前に民主公認で当選した谷岡郁子さんは、党を離れてみどりの風に移ったけど、もしも民主に残ったままだったら、共倒れの危機を迎えていたかもしれない。「出て行ってもらって助かった」という声もあった。

 二年後には統一地方選があるけど、民主の看板のまま戦えるのかという声は、根強くあるね。

 (有賀信彦=担当キャップ、内田康、後藤孝好、吉光慶太、小柳悠志)