ワールドカップ ブラジル 2014 menu
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夢は日本代表桑名所属の日系ブラジル人

練習で汗を流すエフライン・リンタロウ選手=三重県桑名市で

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 名古屋のサッカー教室で育った日系ブラジル人の元Jリーガーがいる。三重県桑名市のクラブチーム「ヴィアティン桑名」に所属するエフライン・リンタロウ選手(22)。W杯ブラジル大会で故郷に錦を飾る夢はかなわなかったが、「日本人になって、次のW杯に出る」と意気込みを新たにしている。

 一八七センチの長身を折り曲げ、駅から自転車をこぎ、桑名市内のクラブハウスへ向かう。名古屋市港区の自宅から電車通勤。プロ選手の華やかさとは縁遠いが、「免許もまだ持ってないし、仕方ない。車はもっと活躍してから」と笑う。

 母方の祖父母が日本からの移住者。十四歳のとき、両親、姉と来日し、名古屋市港区の団地で暮らし始めた。ブラジルでは七歳からクラブチームに所属。日本ではどこでプレーできるかわからず、一人でボールを蹴っていたころ、友人から名古屋国際センターが主催するサッカー教室に誘われた。

 外国人が多い地域。週一度、多国籍の仲間とボールを蹴った。「またサッカーができ、練習が楽しみで仕方なかった」。コーチの紹介で、岐阜県瑞浪市の中京高に入学。当初、三年で帰国する予定だったが「日本でプロになる」と決めた。テクニックのある長身FWとして注目を集め、二〇〇七年には十六歳以下の日本選抜にも選ばれた。卒業後、当時J2の柏レイソルに入団した。

 来日した二年後、母国でのW杯開催が決まった。生まれ育ったブラジル南部のクリチバも試合会場の一つ。「ブラジルにいるおばあちゃんを喜ばせたい」。日本に国籍を変え、日本代表になって母国に帰る。夢へ近づいていると思えた。

 しかし、順風満帆とはいかなかった。実績のある選手がそろう柏では出場機会に恵まれず、一年で移籍。その後、J2のFC岐阜、日本フットボールリーグ(JFL)の秋田、琉球と全国を渡り歩いたが、けがで思うように得点を挙げられず、一年ごとに契約を打ち切られた。今年三月、三重県一部リーグの桑名に移籍した。息子のために日本に残った母と姉と再び、名古屋で暮らし始めた。

 母国の熱戦に刺激を受け、目の前のゴールを貪欲に狙う。六月二十九日の三重県選手権決勝では自らの得点で、チームを初の天皇杯出場に導いた。七月五日の天皇杯一回戦を突破し、十二日の次戦はJ1のセレッソ大阪に挑む。「上を目指す気持ちをなくしたら終わり。僕はまだ若いし、これからチャンスがあると信じている」

(社会部・栗田晃)

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