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【北京五輪】

【総合】<ともに追う夢>2 柔道・中沢さえ、鈴木若葉監督

2008年6月26日

中沢さえ(左)の素質を見抜き、伸び伸びと育ててきた鈴木若葉監督=埼玉県三芳町の淑徳大で

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 柔らかな空気を醸し出す2人だ。高校から社会人となった現在まで、現淑徳大監督・鈴木若葉(38)に指導を仰ぐこと10年、中沢は「怒られた記憶がない」と言う。直近の2度の世界選手権でいずれも準優勝。師弟ともに初体験の五輪は、自然体で悲願の世界一を目指す。

 昨年の世界選手権決勝。中沢はポイントでリードした残り4秒で大外刈りを返され、逆転の一本負けを喫した。めったに涙を見せない中沢が号泣した。「最後は攻めて終わりたかったんでしょう。それもさえらしい」。鈴木は決して責めず、黙って包み込んだ。

 接点は、中沢が中学2年で出場した東京都の大会。淑徳中・高の監督だった鈴木の教え子を、別の学校に通う中沢が投げ飛ばした。「体のバランスがいいし、技も切れる」。素質にほれた鈴木は実家や道場へ足しげく通い、当時実績のない新興校へ招き入れた。

 性格的にも申し分がなかった。聞く耳はあるが、安易に流されることもない。黙々と練習を続ける根気もある。「攻めて技を返されるのは仕方ない。びびって逃げるのが一番だめ」。器の大きさにふさわしい伸び伸びした指導法がマッチし、スケールの大きな攻撃柔道が開花した。

 中沢は3月に右ひざ靱帯(じんたい)に重傷を負い、五輪までの過程で大きな試練に襲われた。鈴木は現役時、練習過多で慢性的に疲労がたまる「オーバートレーニング症候群」に苦しみ、志なかばに畳を降りた。選手の体調には人一倍注意を払っていただけに「けがは私の責任」と涙ぐむ。

 中沢は「先生が全面的にサポートしてくれて本当に助かっている。心配をかけたし、恩返ししたい」。もう銀メダルはいらない。師の思いに報いるのは金メダルだけだ。 =敬称略(栗田晃)

 【なかざわ・さえ】 1983年6月1日生まれ。東京都調布市出身。淑徳高、淑徳大を経て綜合警備保障所属。全日本選抜体重別選手権は2005年から3連覇。世界選手権は05、07年にいずれも準優勝。得意技は大外刈り。167センチ。78キロ級代表。

 【すずき・わかば】 埼玉大卒。1993年世界選手権52キロ級3位。淑徳中・高監督を経て2001年から淑徳大監督。

 

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