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第17回 日本海文学大賞 小説部門北陸賞

小説部門北陸賞 『群青の人』

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 陽炎が砂浜に立ち、松林や苫屋(とまや)、小舟がその姿をゆらゆら揺らしている。灼(や)けた砂を踏むので、足裏がひりひりとする。一昨日の大雨が嘘(うそ)のように朝から晴れあがり、強い日差しが照っていた。水鳥は浜辺におらず、大きな綿のような白雲が、青蝋(ろう)で描いたような沖の彼方(かなた)に小さく浮かんでいるだけである。

 つい先ほど、苫屋の影で中食(なかじき)をすませ、伊能勘解由の測量隊と別れたばかりである。伊能勘解由ら五人は今浜より右に折れて所口に向かい、それより内浜を測量することになっている。平山郡蔵は津村大兄、久兵衛と三人で、外浜回りで能州を歩くことになった。測量手分けは初めてではない。前年享和二年の夏、奥州の男鹿をまわった時も、外と内に手分けして半島を測量していた。ただ二十日間近くにわたる手分けは初めてであった。

「どうだろう、郡蔵は外浜をまわってはくれまいか。わしは、所口から内浜をまわろうと思うが…」

 行燈(あんどん)の明かりにぼんやり照らされた能州の国絵図を手に、伊能勘解由はゆっくりと口にした。大聖寺藩から加賀藩領に入る夜のことである。郡蔵はためされていると思った。三年前の蝦夷地への測量隊には、郡蔵は加わらなかったものの、一昨年、昨年と伊豆や奥州への測量には伊能勘解由と一緒に歩きまわっていた。

「能州の外浜は岬や岩地が多いようだ。わしのような年寄りが歩くよりも郡蔵の方が早く、手際よくまわれるにちがいない」

「わたしには願ったりです。勘解由様のお役に立つのであれば、喜んでまわりましょうぞ」

 郡蔵は、能州の外浜が海に突き出ているゆえ、砂浜もあれば石を敷いたような浜、断崖(だんがい)、それに大岩がころがる岸といろいろあることを知っていた。自分の測量技の腕を揮(ふる)うには、いい機会である。

「おそらく、このあたりで出会うことになろう」伊能勘解由の指先は、親指のかたちをした半島の先端を差していた。背が高く、手足の大きい郡蔵が身をのり出して、国絵図に見入る。

「体に気を付け、くれぐれも村役人と諍い、もめごとなど起こさず、量るを大事とするべし」

 勘解由の口もとに太い皺(しわ)が刻まれた。

 はかるとひと声で言っても、天をはかるを測ると書き、地は量ると書く。

 この年、享和三年七月、伊能勘解由は五十八歳である。公儀お声掛かりで測量する身であって、まだ御用測量の旗をあげていない。これまで仕上げた図も、十一代将軍徳川家斉の上覧を受けてはいない。天文方の役人を配下に加え、幕府勘定所から老中の命令として、沿道の諸藩に伊能測量隊を援(たす)けるべき旨の通達がなされるのは次の五次測量からである。平山郡蔵は二十四歳。伊能測量隊では伊能勘解由の次席として、もっとも頼りとされている弟子であった。

第2回へ続きます

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