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第13回 日本海文学大賞 小説部門大賞

小説部門大賞

賀川敦夫さん

「受賞は人生でも画期的なこと」と語る賀川敦夫さん=東京都内で

『紅蓮の闇』 賀川 敦夫さん




 −おめでとうございます。書くきっかけなどをお話しください。

 賀川 定年退職から1年たって、やっと体があいたこの春、敦賀(福井県)の実家を整理したんです。その時、1945年7月12日の空襲時に逃亡兵があった、という記事を目にしたんです。その瞬間、小説になると直感しましたね。

 −当時の雰囲気が見える気がしますね。

 賀川 作品には事実とフィクションを、もちろん混ぜてあります。空襲時に僕は五歳で、母たちと田んぼへ逃げたというのは本当です。敦賀には憲兵の分遣隊が国鉄の駅そばにあったし、兵隊が学校を宿泊所にしたことや、列車事故の気味悪い話も事実。終戦で故郷に帰る兵隊が、のりの佃(つくだ)煮を置いていったのも本当なんです。耳にしていた話などが生きていますが、大事な事実関係は、確かめて使いました。

 ただ数人を登場させて話させた証言などは、フィクションです。ああいうモデルはいませんし、話も作り事ですね。

 −人物の描写し分けが大変だったでしょう。

 賀川 語り口だけでなく、言葉も変えました。敦賀弁とか古典的な言葉遣いとかで、人物が何とか分かるようにしたいと思いました。京都弁の話しぶりもあるのですが、あそこは京都文化圏なんですよ。京都弁というのはよそ行きの丁寧な言葉なんです。

 −書き上げて、誰かに読んでもらったですか。

 賀川 家内に読ませたんですが、人間関係が分からないと言われましてね(笑う)。僕は出版社の文芸畑にいましたから、自分では読み巧者だと思っています。だけど、いざ自分の原稿となると、分からないものですね(笑う)。仕事柄、ガイド雑誌も目を通していますから、日本海文学大賞も知っていました。書き上げた時は、応募を意識しましたね。初めての小説なので、受賞は僕の人生でも画期的なこと。うれしいですよ。


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 かがわ・あつお  1940年6月、福井県敦賀市生まれ。早稲田大卒業後、文藝春秋社へ入社。出版局長などを経て昨年3月に定年退職。現在は(財)司馬遼太郎記念財団・会誌編集委員会幹事。東京都立川市在住。本名・和田宏。

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