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popress【Special】−特別編−
 

若手記者が見たNZ地震 (上)メディアスクラム

空港で大勢の報道陣に取り囲まれる被災者の家族(中)=いずれもニュージーランド・クライストチャーチ市で

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 若い語学研修生ら富山、石川県関係の15人が犠牲となったニュージーランドの地震から1カ月。発生直後、日本メディアが被災地に押し寄せ、被災者家族を追いかけ回す「メディアスクラム」(集団的過熱取材)が問題視された。つらい気持ちは尊重したい、でも、伝えなければならないことがある−。取材のため現地入りした本紙記者の村上一樹(ペン)、川上智世(カメラ)は、相反することもあるこの二つの思いに、どう向き合ったのか。

自責の念と使命感と

 果たして、これでよかったのだろうか−。ニュージーランド・クライストチャーチ市で2月22日に起きた大地震。2日後に現地入りし2週間取材を続けたが、私を含めたマスコミ各記者の被災者家族らへの取材は執拗(しつよう)を極めた。振り返ると、自責の念が募る一方で、「取材とは」「伝えることとは」を問い直すきっかけとなったと思っている。

 日本から約9000キロ、飛行機で約12時間。2月25日、現地に到着した日本人の家族らを、マスコミ十数社のカメラが待ち構えた。

村上一樹(31)

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 「すみません」「何か情報は入っていますか」。記者が次々と声をかける。わが子が、まだがれきの中から見つかっていない、悲痛な心情の家族。固く口を閉ざし、逃げるようにして大型バスへ。

 空港を出発した後も、各社の記者を乗せたタクシーなど約10台が、カーチェイスのように追いかけ回した。私も追いかけるのに必死だった。

 家族らの動向を伝え、その思いを報じたい。現地では家族の思いを聞けるものだと思っていた。だが現実は違った。日本では既に各社が家族らに取材攻勢をかけ「メディアスクラム」状態に。マスコミは家族らにとって、わずらわしく疎ましい存在になっていた。

 家族らへの取材はその後も続いた。外務省や地元警察による説明会、ビル倒壊現場や遺体安置所への訪問。敷地の外からバスを乗り降りする家族らに対し望遠レンズを向け、宿泊所の前では朝から待ち構えた。

 現地の人からは「ジャパニーズ・パパラッチ」と白い目で見られた。日本人記者の中には、被災した学生にインタビューしようと強引に病院に入り、地元警察に拘束された者もいた。こういった過度の取材活動が、不安の中にいる家族らに対し、精神的な負担になっていたことは間違いない。

倒壊したCTVビルの捜索現場で頭を下げ手を合わせる日本の国際緊急援助隊員

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 一方で、こんなこともあった。本紙が行方不明の日本人生徒を心配する、級友のフィリピン人男性のことを報じた後のこと。生徒の両親から外務省を通じ「フィリピン人の連絡先が知りたい」と問い合わせがあった。「私たちの知らない、息子の姿や話を教えてほしいのです」と。

 どんな志を持ってニュージーランドの地に立ち、どう勉強していたのか。この時、それを伝える報道の役割はやはりあると、確信した。

 異国の地で肉親が地震に巻き込まれる。一刻も早く会いたいのに、遺体の身元確認もままならない。そんな家族の気持ちに、人として寄り添うことができたら−。そんな思いがあったし、そのことが少しでも伝わったのであればありがたい。

 東日本大震災の発生で、ニュージーランド地震関連の報道は一気に少なくなった。だが家族らにとっては、決して薄れることのない出来事であり続ける。富山・石川両県関係で15人の犠牲者を出したこの地震。落ち着いたら、あらためて家族らに思いを聞いてみたい。それが現地に行った記者の務めだと思っている。

倒壊現場前に置かれた「一緒に家に帰ろうお母さんより」と書かれた花束

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川上智世(29)

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カメラ構えながら涙

 発生から1週間ほどがたった2月28日。日本人が被災したCTVビルの倒壊現場に、日本の国際緊急援助隊員らが集まり始めた。「人が見つかったかもしれない」。もし亡くなっていたとしたら、手を合わせるはず。いつでも撮れるように、カメラを構えたまま待った。

 隊員の一人が手を合わせるのを確認。初めは、シャッターを押すのに無我夢中だった。しかし、じわじわと涙が出てきた。「今、ここにたくさんの人が埋まっているんだ」と本当に理解した瞬間だった。3分間ほど、涙をぬぐいながら撮影を続けた。

 家族へのメディアスクラムの中には私もいた。だが、現地で被害の大きさを実感したからこそ、日本に残った関係者に家族の近況を伝え、安心させたいとの願いがあったことも、分かってほしい。 そう言い聞かせても、胸が苦しくなった場面がある。家族がビルを訪れた後に献花スペースを撮影した時。後で、花束の一つに「一緒に家に帰ろう お母さんより」と書かれていたのに気付いた。追いかけ回すことで、家族らのつらい気持ちをさらに増してしまったのでは。そう思った。

 

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