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popress【Interactive】若い読者モニターの声を受けたニュース解説
 

バク・トゥ・ザ・ティーチャー 大学編 言葉を記録 文化つなぐ

コリャーク人のトナカイ遊牧に同行する呉人教授(左から3人目)=2001年10月、ロシアのマガダン州セヴェロ・エヴェンスク地区で

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4限目 富山大 呉人惠先生

シベリア・コリャーク語

 全世界でおよそ6000から8000あるといわれる言語。英語、中国語のように膨大な話し手を抱える言葉がある一方、大半は話す人が減って消滅の危機にあるとも指摘されている。富山大人文学部の呉人惠教授(54)はそんな少数言語の一つ、コリャーク語に注目。極寒のシベリアに分け入ってフィールドワークを重ね、失われつつある言語文化の記録を続けてきた。(担当・佐藤航)

新旧大陸の「橋渡し」

ばく:あまり聞き慣れないコリャーク語ですが、どこで話されているんですか?

呉人先生:シベリア北東部、カムチャツカ半島の付け根辺りに暮らす先住民族のコリャーク人たちが話す言葉です。彼らの人口は2002年の統計で8743人となっていますが、コリャーク語を話す人は2400人足らず。ロシア政府の同化政策の下、若い世代のロシア語化が進んでいて、消滅の危機にひんしています。

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 言葉としては、地域的に近い北東アジアの言語との共通点もあるけれど、ベーリング海峡を隔てた北米の先住民族の言葉ともよく似ている。一説には人類が旧大陸から新大陸に移住した際、言語の特徴も運ばれたともいわれています。移住のルート上に位置するシベリアで話されるコリャーク語は、新旧両大陸の「橋渡し的な言語」といえますね。

文字なく音声で学ぶ

ばく:なるほど。でも日本ではあまり知られていない言語ですね。

呉人先生:もともとモンゴル語を研究していたんですが、言語学者として、ほとんど誰も手を付けていない少数言語をやってみたかったんです。コリャーク語には文字がないから、現地に入って音で学ぶしかない。言葉というのはまず音声ありきで、文字は記録のために後で生まれるものです。そういう意味で、原点に立ち返った研究ができると考えました。

 1993年に初めて訪れて以来、周辺も含めて20回は通いました。日本からは飛行機を乗り継いでクバクという町まで行き、そこからは陸路から川です。目的地のコリャーク人のトナカイ遊牧地は、クバクから東へ約120キロ。道がないので夏は舟で川をさかのぼり、冬はトナカイぞりに乗り、1週間かけてようやくたどり着きます。

 現地では遊牧地の集落に滞在し、日々の暮らしに密着しながら調査を進めました。トナカイの皮をなめしてブーツを作る作業を横で見たり、植物採集について行ったりして、合間にいろいろな話を聞くんです。「今は何をしているの」とか、「取った植物をどう使うの」とか。コリャークらしい単語をたくさん集めて、言葉の成り立ちを分析しました。

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消えつつある民族性

ばく:そんなフィールドワークで見えてきたことは?

呉人先生:やはり、自然や動物に関わる言葉が豊富ですね。特に暮らしの大部分を占めるトナカイは、性別や年齢によって細かく呼び分けています。その個体が生殖できるかどうか、というのが重要なんですね。狩猟や釣り、植物採集もするので、自然資源についてまんべんなく知識が深い。冬場はマイナス50〜60度にもなる厳しい環境を生き抜く知恵が、言葉によく表れています。

 一方で、独自の言語文化が失われていく様子も目の当たりにしました。コリャーク族は生まれてきた子どもを名付ける時、先祖代々の名前のいずれかを占いで選んで与えてきました。生まれ変わりや再生観念といった考え方の表れなんですが、最近はこのような名付け方をしなくなっている。移住政策で居住地を追われ、民族のアイデンティティーが失われている現状が、言葉の変化として如実に表れているんです。

 言語学者として、これほど興味深い言葉が人知れず朽ち果てていくのは残念でならない。言葉は固有の文化を映し出す「鏡」です。たとえ話し手が少なくても、かけがえのないコリャーク語という鏡を記録し、後世に残すのが私の目標ですね。

コリャーク語の絵本「ワタリガラス」。主人公はコリャークの伝統衣装を着ている

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絵本で民話を未来に

 若い世代のロシア語化が進み、継承の道が閉ざされつつあるコリャーク語。呉人先生はこの言葉を未来に残すため、コリャーク民話を絵本にして現地にプレゼントしている。

 今まで作った絵本は「カワヒメマスとカレイ」と「ワタリガラス」の2作。コリャーク語は固有の文字を持たないため、ロシア語などに用いられるキリル文字を使っているが、表現そのものは全文を通してコリャーク語で成り立っている。

 「ワタリガラス」はコリャークの女性、リュボヴィ・ヴァシリエヴナ・チェイヴンさんから聞き取った。ワタリガラスが池の水面に映った自分の姿に一目ぼれし、最後には池に飛び込んでしまうという物語。和紙ちぎり絵作家の北村真由美さんの絵を添えた。

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 挿絵のワタリガラスが身に着けているのは伝統的なコリャークの衣装。トナカイの皮を張った住居、トナカイぞりなども登場し、言葉だけでなく生活様式も伝わってくる。

 民話を語ったチェイヴンさんは、長い間アルコール依存症を患っていたという。「伝統的な生活を失い、酒におぼれる人も少なくない」と呉人先生。絵本の後書きで「アルコールによって記憶のかなたに押し流されてしまったかもしれない」と記し、伝承の難しさをにじませた。

 くれびと・めぐみ 1957年、甲府市生まれ。東京外国語大大学院外国語学研究科を修了後、北海道大文学部助手を経て、94年に富山大人文学部助教授に就任。2003年から同学部教授。主著に、コリャーク語のフィールドワークを記録した「危機言語を救え!−ツンドラで滅びゆく言語と向き合う」(大修館書店)、コリャーク人の生活様式や文化を言語学的な側面から考察した「コリャーク言語民族誌」(北海道大学出版会)などがある。

若者にメッセージ

 あなたが持っているどんな疑問も、必ず学問に通じています。ささいな疑問でも「つまらない」と思わないで向き合ってほしい。

 

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