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popress【Interactive】若い読者モニターの声を受けたニュース解説
 

バク・トゥ・ザ・ティーチャー 文化編 哲学者 西田幾多郎を考える

白山市、ハルカさん/年齢:21歳/職業:大学生/趣味:旅行、音楽鑑賞/一言:他の人の生き方や考え方は気になる。いろいろな哲学者の思想に触れてみたい。

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究極の善へ 思索の旅

 混迷する世の中で先行きが見通せない昨今、哲学に人生のヒントを求める人が増えているとか。そこで「バク・トゥ・ザ・ティーチャー」文化編の第2回は、石川県が生んだ世界的哲学者の西田幾多郎を取り上げる。出版から100年を迎えた名著「善の研究」を軸に、悩み深き時代を生きる活路を探る。(担当・佐藤航)

西田の書斎「骨清窟(こつせいくつ)」 1974年に京都の自宅が取り壊される際、書斎だけが故郷の宇ノ気町(現在は西田幾多郎記念哲学館の敷地内)に移築された。西田が思索を重ね、論文を書いていた当時の姿が保存されている。

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読むほど味出る

ばく先生:西田幾多郎の代表作といったら、何といっても「善の研究」。欧米哲学の翻訳が主流だった時代にあって、日本人の考えを日本人の手で記した最初の哲学書と言われている。仏教や禅などの東洋的な思想を取り入れた独自の考え方は、欧米でも高く評価され、一九一一年の初出版から百年たった今も国内外で読まれ続けているよ。

ハルカ:哲学の世界では有名な本ですよね。でも、難しそうで手が出なくて…。どんな内容なんですか。

 人を愛するというのは、自我を捨てて相手の立場に立つこと。主観を捨てて対象に寄り添う点で、「知と愛とは同一の精神作用」と西田。「物を知るにはこれを愛せねばならず、物を愛するのはこれを知らねばならぬ」と訴える。−「善の研究」第四編 第五章

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ばく先生:大まかに言うと、「純粋経験」という考え方をすべての出発点として、哲学や宗教、さらに物事の善悪を論じている。純粋経験というのは、何らかの判断が加わる前の「ピュアな経験」のことだ。

 例えば外で物音がした場合、大人なら過去の経験と照らし合わせて、「これは消防車のサイレンだ」といった判断をするよね。でも幼い子どもは、その音が何かを考えることなく、ただ聴覚でとらえているだけ。このように予断なく、物事をありのまま受け止めるのが純粋経験なんだ。

 個々人が理想を追い求め、存分に個性を発揮することが、社会全体の利益につながると説く西田。しかし、欲に身を任せれば「かえって個人性を没することになる」という。「豚(豕)」を欲望の象徴に見立て、欲におぼれることを戒めている。−同第三編 第十二章

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ハルカ:なるほど。でも、それが物事の善悪とどう関係するの?

ばく先生:善悪は普遍的なものではなく、時代や地域、あるいは時と場合によっても変わってくる。でも、あらゆる思想を抜きにした純粋経験に基づけば、そんな偏りは生じないはずだ。純粋経験から物事の善悪をとらえることで、「人類一般の最上の善」にたどり着けると西田は考えた。

 西田は、各人がそれぞれの個性を発揮することが、社会全体の進歩を生むと訴える。「人間が人間の本性を現じた時は美の頂上に達するのである」という。−同第三編 第九章

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 では、純粋経験に沿って行動するにはどうすればいいか。西田は「善とは自己の発展完成である」と説明している。今風に言うと、人生の目標に向かって努力する「自己実現」だ。当たり前と思われている社会常識に惑わされず、私利私欲に走ることもなく、個々人が心の底から納得するよう振る舞うべきだ、と言っているんだ。

ハルカ:話を聞いたら、読んでみたくなってきました。読み方で気を付ける点はありますか。

ばく先生:厳しいようだけど、一読して理解できると思わないでほしい。やはり一世紀前の哲学書だから、難しく感じるのは事実。ただ、読めば読むほど味が出てくるのも間違いない。長い時間をかけて丁寧に親切に書いてあるから、読む方も誠心誠意向き合えば、少しずつ分かってくるよ。

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西田幾多郎(にしだ・きたろう、1870〜1945年)

 現在の石川県かほく市で庄屋の家に生まれる。21歳で帝国大学文科大学哲学科の選科に入学。24歳で修業して金沢に戻り、県尋常中学校七尾分校の教諭、第四高等学校(金沢大の前身)教授などを経て、40歳で京都帝国大学文科大学の助教授(倫理学)に就任した。

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 京都に赴いた翌年には、四高時代の講義ノートをたたき台にした代表作「善の研究」を出版。当時の哲学界で「明治以後に邦人のものした最初の、また唯一の哲学書」として注目を集める。43歳で宗教学の教授になり、哲学者として執筆と思索を続けながら、後進の育成に尽くした。

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−あだ名−

 四高教授時代の西田は、学生から「デンケン先生」と呼ばれていた。デンケンはドイツ語で「考える」の意味で、思索にふける姿からそんなあだ名が付いたとか。一方、宿題を忘れて言い訳する学生には烈火のごとく怒ったといい、「シュレッケン(怖い)先生」の呼び名も残っている。

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−愛煙家−

 執筆活動には紫煙が欠かせなかったのか、かなりの愛煙家だった西田。50代のころの日記には「私はどうも禁煙ができぬので困る」「今日を限りとして絶対禁煙」といった悩みがつづられている。偉大な哲学者をもってしても、たばこの依存性にはなかなか打ち勝てなかったようだ。

【取材協力】 石川県西田幾多郎記念哲学館 かほく市内日角井1(電)076(283)6600/大熊玄専門員

【参考文献】西田幾多郎「善の研究」(岩波文庫) 西田幾多郎記念哲学館「西田幾多郎の世界」

 

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