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popress【Human Recipe】あの人はどうやって「今」にたどり着いたか
 

「本物」の魅力 紡ぎだす 織物作家 樋口佳苗

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 織物の彩りを見ると、たくさん並んだ色鉛筆にドキドキした幼いころの感覚を思い出す。金沢市在住の樋口佳苗(27)が織った作品は触れると予想以上に柔らかく、丁寧にゆっくりと言葉を紡ぐ本人の雰囲気と重なる。祖母2人が織物をしていたという「織り姫」は、糸と糸から生み出される無限の世界に魅せられている。(聞き手・押川恵理子)

織り姫のDNA脈々と

風合い考え手動かす

−どんなふうに織るのですか?

 デザインを頭の中に浮かべて、どんな風合いや織り方が良いか考えながら。一つのストールを仕上げるのに1〜2週間以上かかります。織る作業は楽しくて、経(たて)糸、緯(よこ)糸が交じり合うのを1本、1本、見届けるのが好きです。色の合わせ方で生地に透明感が出たり、出なかったり。細かな織り柄を出せるのも面白い。

 織るだけなら、たぶん誰でもできるけど、糸を織り機にかける作業が重要です。1本でも糸が緩んでいたり、張り方が均等でなかったりすると、失敗する原因に。糸をセットした時点で作業の70%は完了しています。

 織り機を動かす力加減も大切です。どんどん力強く織っていくと、硬い布になってしまう。仕上がりの風合いを意識しながら手を動かしています。

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作家多い金沢で刺激

−大学で織物と出合った。

 子どものころから絵を描いたり、ものを作ったりするのが好きで、漠然と美大に行こうと。女子美術大は1年生の時に染織、刺しゅう、陶芸、ガラスと体験できて、織った瞬間に「これだ」。技法は一通り学びました。羊の原毛から糸を紡いだり、じゅうたんを作ったり、絣(かすり)も。

 アルバイトも東京都内の織物工場。そこに就職が決まったころ、祖母が2人とも織物を仕事にしていたと、母親から初めて聞かされました。遺伝、DNAかなって驚きました。

 工場で、皇室用の絹の藍染めを担当した時は緊張しました。イッセイミヤケなど有名ブランドの商品を任され、デザイナーと相談しながら、サンプル作りから商品の包装まで一連の流れを経験。3年ほど働くうち、織物の工程を知っている分「こうした方がかわいいのに」と思いだし、自分の好きなものを織りたくて、辞めました。

 東京は楽しいけど、年を重ねる場所ではないと感じていて、旅行で何度か訪れて気に入り、大学時代の友人も住む金沢に2012年夏に移住しました。町家とか古くて価値あるものを残している感じや、街並みが好きです。工芸に関心を持つ人や作家さんも多くて刺激に。雨が多く、冬は雪が降るから、家にこもる時間が長くなって、私の作業には好都合。気候は生まれ育った新潟と似ています。

 父方の祖母は、新潟県の伝統工芸で国の重要無形文化財に指定されている「小千谷縮(おぢやちぢみ)」を織っていました。端切れを見たら、すごく細かい絵絣(えがすり)。丹念に糸を染め分けて織ったものが、絵になっているんです。昔の人たちの知恵や、時間のかけ方に感動しました。

手間暇かけ伝えたい

−今は生産、消費のスピードが速い時代。

 すごいですよね、ファストファッション(流行のデザインを大量生産して安く販売する衣服)。本来は織物であるチェックや絣の柄をプリントすることで安く済ませた生地が出回っている。それを若い人たちが「本物」と思って買ってしまうことが悲しい。手織りをする人も、糸を作る業者も減ってきています。続けることが目標です。

 次は細い綿や麻で織って薄い生地でハンカチ、次は洋服も作ってみたいとか、自然とやりたいことが出てきます。手で触って、気持ち良さを実感して、身に着ける人が増えたらうれしい。私が時間と手間をかけて作ったものから、なにか伝わればいいなって思っています。 (敬称略)

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 ひぐち・かなえ 織物作家。1986年新潟県見附市生まれ、女子美術大工芸学科卒業。さまざまな織りの技法を習得し、東京都八王子市の織物工場に就職。有名アパレルブランドの商品などを担当した。2012年7月に縁あって金沢市に引っ越し、街中の長屋に暮らす。金箔(きんぱく)の会社に勤めながら、織物の創作に励んでいる。

 ※次回は7日付Work&Life。太陽光発電の装置を自作し、エネルギー問題を考える若者の取り組みを紹介します。

 

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