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popress【Human Recipe】あの人はどうやって「今」にたどり着いたか
 

独で挑む 指導者の頂点 サッカー「シュツットガルト」スタッフ 河岸貴

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 世界最高のサッカーリーグの一つ、ドイツ・ブンデスリーガ。名門チーム「VfBシュツットガルト」で、石川県野々市市出身の河岸貴(37)が、練習の補佐役や日本人選手の通訳として監督らの信頼を勝ち得ている。9年前、選手を夢見て渡った異国の地で待っていたのは困窮と失望の日々。その挫折を自らの大切な原点に、一流の指導者を目指す。

選手で挫折ゼロから奮起

−どんな仕事を。

 監督やコーチのサポートが8割。練習を手伝ったり、選手が少ない時には僕が入ってプレーしたり。一部の練習ではコーチをさせてもらっている。

 2011年1月に慎司(日本代表の岡崎慎司選手、13年6月まで在籍)が来たころは、練習のやり方や監督の話を通訳した。私生活でもご飯を作って、ほとんど一緒に生活してたようなもの。高徳(同じく代表の酒井高徳選手)に関しても同じです。

ドイツ・カップ決勝で、酒井高徳選手に声を掛ける河岸貴さん(白色の上着)。後方のオレンジ色ビブスは岡崎慎司選手(河岸さん提供)

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−最初は選手を目指してドイツに行った。

 中学でサッカーを始めて、高校に上がった時に、3年の先輩がJリーグに入って、プロを強く意識するようになった。大学でもサッカー以外は考えなかった。ただ、けがもしていたので、あきらめて大学院に進学した。

 小学校からの友達が英国のリバプールに留学してて、「俺らのレベルでも、向こうの4部、5部のチームでお金もらえるぞ」と教えてくれた。じゃあ院を修了したら1回チャレンジしたいなって。ほんと言うと、迷ってたんです、人生に。

 指導教官の大久保英哲先生の友人がシュツットガルト近郊の出身で、とにかく行こうと思って飛び込んだのが04年の4月。アマチュアでプレーしながら、3部や4部のクラブに、メールしたり自分で訪ねたりした。ただ28歳という年齢もあり、相手にしてもらえなかった。

 家賃含めて月5万円で暮らした。トマト缶15円とか、スパゲティ30円とか。死にかけた経験もした。

−グラウンドで?

 いや、生活で。たぶん、住んでいたマンションから飛び降りようとした。風邪をこじらせて2カ月間、ほとんど外に出られなかった。ある日病院から帰って、こんなん耐えれんと思って、戸を開けたまでは覚えている。そこから記憶がなくて。気付いたら朝、部屋の真ん中にうつぶせで倒れていた。

 12月にいったん帰国して、着いた日に病院に行って、扁桃(へんとう)を取った。大みそかに退院して、1月半ばにはもうドイツにいた。現地の日本料理屋で働き出して、そこで飯食わせてもらって生き延びた感じです。

−そんな思いまでして、なぜドイツに戻ったんですか。

 悔しかった。このままで帰ったらコールド負けというか。それだけは嫌だった。

 05年の夏に国際学会で大久保先生がドイツに来て、「いいかげんにしろ。指導者とかもあるだろう」と。自分でも分かっていたけど、先生にあらためて言われて、じゃあやろうと。僕は何でも1番が好きだから、コーチの勉強をするのも1番がいいと思ってシュツットガルトに決めた。

 とにかく何か結果を残さなきゃいけないと思って、小学生チームでただ働きを始めた。3年目に、指導のライセンスを取れたら契約してくれと頼み、何とか取って、09年から正式に10歳以下のチームのコーチに就任した。

 慎司が来てトップチームに移ったけど、舞い上がることはこれっぽっちもなかった。

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−指導者は楽しいですか。

 院生の時に金沢市内の高校でサッカーを教えていて、自信はあった。監督も僕がいることで「アンゲネーム」って、心地いいんやと。グチ聞きながら一緒にランニングした時も「ありがとう」と言ってくれた。

 プロ経験もなく、選手として実績もない人間がこのチームに入ったのは奇跡に近い。そこから考えると自分が監督で欧州チャンピオンズリーグで優勝することも奇跡じゃない。1番にしか興味がないんで、目指すのは世界一です。 (敬称略)

(聞き手・日下部弘太)

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人生のSpice

 慎司がドイツに来て最初に使って履き古したスパイクです。「タカさん、これ」ってくれたんですよ。最初は単にもう要らなくなってくれるのかと思って、「いいよ、チームから新品もらえるし」って言った。だけど慎司がモジモジしてて、ようやく分かった。来た当初にいろいろ世話をしたことへのお礼の意味だったんだって。

 かわぎし・たかし 1976年、石川県野々市市生まれ。野々市中、野々市明倫高を経て金沢大に入学。2002年、金沢大大学院教育学研究科修了。04年に渡独してアマチュア選手としてサッカーを続ける傍ら、05年末からVfBシュツットガルトのユースチームで指導を始めた。09年に正式契約し、11年、岡崎慎司選手の加入とともにトップチームのスタッフに。12年に加わった酒井高徳選手にも公私にわたりサポートしてきた。

 ※次回は8月3日付Spot&Place。石川県内で自然を満喫するノルディックウオーキングのお薦めコースを紹介します。

 

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