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popress【Human Recipe】あの人はどうやって「今」にたどり着いたか
 

”暴れ馬”駆り 「誰よりも速く」 モトクロスライダー 富田俊樹

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 起伏の激しいオフロードのコースをバイクが次々と砂ぼこりを舞い上げて通過していく。「鉄の暴れ馬」に例えられるマシンを操ってスピードを競い合うモトクロス。金沢市のライダー、富田俊樹(22)は今シーズン、国内の所属クラスで暫定1位に立つ。大けがも、悔しい負けも、すべて成長の糧にしてきた。「誰よりも勝ちたい」と常に前を向く。(聞き手・沢井秀之)

−モトクロスの魅力は。

 30台が横一列に並んでのスタートや抜きつ抜かれつのバトルは迫力がある。選手によって前半に攻めたり、後半から加速したりと違い、レース展開も面白い。

 ジャンプすれば高さ数メートルも上がり、距離だと20メートルぐらい先まで跳ぶ。バイクとバイクがぶつかり合うこともある。

−選手には何が求められる。

 スピードと体力。バイクは両脚で挟まないと暴れるし、手だけで支えようとすると腕がパンパンになる。だから全身の筋肉を使って乗る。現在のクラスだと、レースは30分走り続けて最後にもう1周。ペースを落とさず走りきる体力が必要。

 もともと、おやじがやってて、身近な存在だった。5歳ごろから気づいたら乗っていた。おやじの練習に付いていったり、子ども用のバイクで、ばあちゃんの畑を走ってみたり。

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大けがで恐怖心

−順調に好成績を収めてきたが、高校2年で現在所属するクラスになってから伸び悩んだ。

 周りの選手はめちゃくちゃ速かったし、レースの時間も長くなった。スピードを上げようとしてはバランスを崩して転倒。転ぶと衝撃が大きくて、両脚の大腿(だいたい)骨が折れたこともある。調子が上がってきては、けがの繰り返し。それが5年間ぐらい続いた。

 2年前、練習中に転んで自分のマシンが体にぶつかって大けが。精神的にやられて、初めてやめようと思った。乗るのが怖くなって、モトクロスのことを考えたくもなかった。

一歩引き冷静に

−それでも続けた。

 「バイクやめようと思うんです」って親しい先輩に相談したら、「まだいけるよ」と言われた。怖かったけど、日がたつにつれ、自分と向き合いだした。今やめたら何が残るんだろうって。

 日本のトップレベルの人に比べると、自分の練習量は少ないし、劣っている。中途半端にしかやってないと考えたら、まだだなって。真剣にやってみようと決めた。

 大けがをするまではスピードに自信があって、「行けるところまで行け」という感じだった。今思うと、むちゃをしていた。それが、一歩引いて冷静に考えて走るようになった。

 最初から100%の力を出していたところを85%程度にした。危ないと思ったらペースを抑え、ジャンプを飛ばないことも。後半まで体力が持つようになり、けがをした翌年の2012年には初めて6位に入った。

−今年3月にタイで開かれた世界選手権に初出場した。

 世界の壁は高かった。何も自分が勝っているとこがなかった。特にスピード。日本のレースだと、トップとの差は1周2秒。世界大会だと1周10秒ぐらいもあった。

 最終的に周回遅れになるほどの差。同じ人間なのに、何でこんなに違うんだろうって。考えるうち、まだまだ俺も速くなれるって思った。

世界の頂点狙う

−将来の目標は。

 一番上のIA1クラスで活躍して頂点を目指したい。1番になったときの爽快感というか達成感を求めてやっている。あんまり気合を入れると空回りするから、1戦1戦をきちんと勝っていきたい。

 (敬称略)

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 とみた・としき 1991年、金沢市生まれ。石川県立松任高校(白山市)を卒業後、埼玉県川越市に拠点を置くモトクロスのチーム「T.E.SPORT」に所属。高校2年の時に現在のクラスIA2に昇格し、今年の「全日本モトクロス選手権(全9戦)」では熊本、埼玉大会で1位になるなどして、世界大会の日本代表選手として出場が決まっている。

 ※次回は20日付Work&Life。働く人を守る労働法の知識を伝えます。

 

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