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「発見」伝える面白さ 高岡出身のラグビーライター 向風見也(ふみや)さん(33)

関東大学ラグビーの取材で、秩父宮ラグビー場を訪れた向風見也さん

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 日本中でラグビー熱が高まっている。ワールドカップ(W杯)での日本代表の活躍がきっかけだ。その大会の開幕から決勝まで、富山県高岡市生まれの向風見也さん(33)は現地で見届けた。肩書はフリーのラグビーライター。だ円球にかける選手たちを9年前から追い続けてきた。(担当・福岡範行)

“忍者トライ”の原点

 10月のW杯サモア戦の前半終了間際、日本代表山田章仁選手(30)は相手選手のタックルを受ける瞬間、体を1回転させて抜き去り、ゴールラインに飛び込んだ。“忍者トライ”とも呼ばれた華麗なプレー。向さんは「あれは、大学時代から仕込んでいたプレーです」と振り返った。

 スポーツのドキュメンタリー記事への憧れがきっかけで、数カ月の会社勤めの後、2006年11月にライターになり、競技経験のあるラグビーを専門にした。山田選手や五郎丸歩選手(29)ら、現代表で注目された何人かの選手はまだ大学生だった。

関東大学ラグビーの早慶戦に勝利した早稲田大の(左から)後藤禎和監督、岡田一平主将の記者会見を取材する向さん(右端)

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 彼らには当時から、「他の誰でもないプレーを目指しているんだろうな」と感じたという。山田選手はトレーナーとアメリカンフットボールの映像などを見て、独自のステップや動き方を鍛えていた。

 各選手にじかに話を聞けば、ポジションごとの奥深さや選手自体の面白さが見えてきた。「四角い緑のグラウンドの中にいろんな魅力が詰まっているなと思えましたね」

冷静さ保ち見つめる

 毎週末は試合に、平日は練習場に出かけ、最前線で選手らの話を聞く。一方で、W杯で通算1勝だった日本代表が今回3勝1敗と躍進しても、個人的な感慨を挟まず、「ヘッドコーチと、メンバーから漏れた人も含めた40人の選手、スタッフのプロジェクトが成功した結果」と言葉を選ぶ。冷静さを保ち、試合を見つめるのがライターの仕事だ。

向風見也さんの記事や著書

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 とはいえ、雑誌やウェブサイトに掲載する原稿料だけでは生活が苦しく、別のアルバイトもした。今年のW杯は決勝まですべて見ようと決意し、借金覚悟で渡英した。

やっと自分になれた

 さいわい、日本代表の活躍でラグビーライターとしての仕事を受けることが増え、他の仕事はあまりしなくて済むようになった。「やっとなりたい自分になれた気がします」

 9年間、ライターを続けられた理由は何か。向さんは、「他の仕事は勤まらないから」と語りつつ、「スポーツライティングは面白い」とも。なぜ面白いかを自分で考える余裕はなかったが、とある人からフェイスブックを通じて贈られた言葉を読み、まさに自分が取り組んでいることだと気づいた。「自分にしかない発見を伝えることを頑張っているんだ」と。

 むかい・ふみや 1982年、富山県高岡市生まれ。東京都日野市に移っていた小学5年のとき、友人に誘われてラグビースクールに参加。高校まで競技を続けた。記事はYahoo!ニュースの個人ページなどに掲載している。(http://bylines.news.yahoo.co.jp/mukaifumiya/)

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先輩ライター 藤島大さんに聞く 

蓄積した経験 生かすときだ

 ラグビーはしばらく国内人気が低迷気味だったため、取材するライターも多くない。高校、大学のラグビー部でコーチ経験があり、名文家としても知られるスポーツライターの藤島大さん(54)によれば、フリーライターは新日鉄釜石の日本選手権7連覇などがあった1980年代のラグビー人気を知る40〜50代が目立ち、「向さんが一番若いぐらい」という。

 向さんから初めてあいさつされたときは「仕事は得づらいのに、よく飛び込んできたな」と驚いた。その後、現場を大事にし、熱心に選手に話を聞く姿を見続け、「情熱を持ち初志を貫いている」と感じている。

 藤島さんは「スポーツライティングは時間軸が大事だ」と考える。競技の歴史や選手の歩みを振り返りながら、今起きていることを見つめて記事を書く。

 日本代表の活躍で今、ラグビーの面白さに気づく人は増えている。藤島さんはラグビーを書こうとするライターが増えることを望みつつ、向さんに「これからは、厳しい時期に踏ん張って蓄積してきた経験を生かすときだ」と期待した。

 

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