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土香る 命の現場 富山の農場「土遊野」代表 河上めぐみさん(29)

クロモジの枝と葉を手にする河上めぐみさん。飲食店で料理に使うという=いずれも富山市土で

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 富山市土(ど)の緑豊かな里山に広がる農場「土遊野(どゆうの)」。代表の河上めぐみさん(29)や若者らが、米も野菜も家畜も育てる命の現場だ。いったいどんな生活をしているのだろう。好奇心の赴くまま、農場を訪ねた。

 富山市の土地域は、市中心部から車で約50分の中山間地。雨で湿ったからか、「土」の名前通り、優しい土の香りが漂う。土遊野は曲がりくねった山道を登った先にある。車を降りると、見渡す限り田畑や里山の緑が広がっていた。

 実は記者はネコに触るのも難しいほど動物が苦手。無邪気に走り回る子猫「ナツ」を避けつつ、ドキドキしながら鶏舎に入ると、1000羽以上のニワトリが「クルックルッ」と鳴いて出迎えてくれた。生みたての卵を手に取ると、表面がぬめっとして温かい。驚く記者に、河上さんは「私たちには当たり前でも、普通の人が知らないことは本当に多い」としみじみ。

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「ムダな物はない」

 ニワトリたちの餌は、土遊野を囲む里山の野草。ふんは田畑の肥料になる。「ここにはムダな物はないんです」と河上さん。ナツにも、鶏舎のネズミを狩る“仕事”がある。

 東京育ちで農業経験のない記者には、見聞きするすべてが新鮮だ。美しい自然に囲まれて、作物や家畜の命を育む。流れる時間もゆっくりと感じる。現代社会のストレスとは無縁の理想的な生活だなあ、と感激していると、河上さんが笑った。「嫌になることはしょっちゅうですよ」

 早朝から日没まで農作業が続き、夜は直売所やレストランに作物を配達。天候や野生動物の影響で作業はたびたび滞る。「農作物や家畜は365日世話しないといけない。自然が相手だと、話し合いやお金では解決しないから」と厳しさを口にする。

 農業は「きれいごと」ばかりではない。食肉として出荷するために、ニワトリの命を奪う。動く胴体を足で挟み、頸動脈(けいどうみゃく)を包丁で割いて仕留める。

飼育するニワトリにエサを与える河上さん

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犠牲の上に生きる

 河上さんが初めて生きた鳥をさばいたのは23歳の時。ニワトリは逃げようと懸命にばたつき、頸動脈を切られても5分近く生き続けた。ようやく動きが止まったときに「人間は簡単に動物の命を奪えるのだと実感した」と振り返る。

 悲しみや残酷さはあまり感じないという。「人間は動物の肉を食べないと生きられない。草を刈ったり虫の巣を壊したり、農業は命を奪うことの方が多いから」。それでも、日々ともに生きる家畜の姿を見続け、食事は絶対に残せなくなった。鳥をさばくときには「今日までありがとう。おいしくなるんだよ」と心の中で感謝する。

 飽食の現代、食べ物があるのは当たり前と感じがちだ。「多くの犠牲の上に人間が生きている現実を考えない人が増えている。それって、一番残酷なことですよね」。ぽつりとつぶやいたとき、河上さんの表情が一瞬険しくなった。

 大量生産が難しい里山で生き残ろうとブランド化に試行錯誤し、スタッフの作業の管理や取引先の開拓も一手に担う。経営者としての仕事も山積みだが、農業をやめようと思ったことはないという。「消費するだけの生活には戻りたくない。人間のために消えていく命を見たら、生産の現場を他人任せにはできなくなる」と力を込めた。

河上さんらが育てる棚田

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有限会社「土遊野」

有機栽培や里山の資源活用

 土と遊ぶ野原のようにと書いて「土遊野」。河上さんの父橋本秀延さん(61)と母順子さん(61)が20年前、農業に興味を持つ若者を育てようと有限会社として設立した。

 両親は関東出身。「命を支える根本だから」と農業への関心が2人とも高く、1983(昭和58)年の結婚を機に東京から土地域に移住した。当時、地域内には数軒の家族が暮らしていたが、「嫁のなり手が来ない」「通勤に不便」などと言っては次々と山を下りた。いつしか橋本さん一家のみとなり、手入れされなくなった耕作地を引き取りながら農業規模を拡大。法人化につながった。

 今年4月27日の誕生日に河上さんが代表を引き継いだ。就農を目指す若者ら6人も勤務。20ヘクタールほどの農地で、ニンジンやトマトなど100種類の野菜や米を有機栽培。ニワトリの卵や鶏肉も販売している。

 里山に数多く眠る資源も活用する。森に自生するクマザサの葉は、和食の飾りとしてレストランに出荷。上品で安らぎある香りが特徴のクロモジの葉はフランス料理に使われる。小川では水車による小水力発電をし、配達用の電気自動車の電力をまかなっている。

飼育するヤギと頭をくっつけ笑顔を見せる河上さん

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大学卒業…故郷へUターン

「自分で生み出す」母の言葉に共感

 河上さんは子ども時代、家を継ぐ気はなかった。「人生の選択肢を広げたい」と東京の大学に進学。部活やバイト、買い物など学生生活を満喫した。しかし、次第に故郷との違いへの戸惑いが大きくなった。「東京には何でもあって楽しかったけれど、動物や自然はほとんど見られない。人間中心の社会で、時間とお金がないと何もできない」

 実家に帰省したとき、順子さんに「なぜ土に来たの」と尋ねた。「ここには、他者との争いや奪い合いはない。自分の力で食べ物や資源を生み出せる」。母の言葉は、疲れていた心にすっと染み込んだ。

 きれいな空気、虫や鳥の声、四季ごとに咲く花々…。生まれ育った里山は、変わらぬ景色で迎えてくれた。「ここでは人間も一つの生きものとして動物と対等に暮らしている。五感が研ぎ澄まされ、命を実感できる」。自分も土で生きようと決め、大学を卒業した6年前、実家に戻った。昨年結婚した夫剛之さん(29)も河上さんの思いに共感し、土で暮らしている。

 将来は子どもに土遊野を継いでほしいのかと尋ねると、河上さんは「何百年も続いてきた美しい里山を守る最後のとりで。子どもにも家業を勧めます」ときっぱり語る。ただ、無理強いする気はない。「強制しても長続きしない。継がなくても、その時はその時。私は、足腰が動かなくなるまでここで農業を続けます」と優しい笑みを浮かべた。

  担当・杉原雄介

 

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