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私に救える命がある 富山の置き薬をアフリカの村に

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やさしい革命 one step ahead

 アフリカには、1時間以上歩かないと病院に通えない地域がある。そこで接した1人の病児の死をきっかけに、NPO法人「AfriMedico(アフリメディコ)」の代表町井恵理さん(37)はアフリカ東部・タンザニアで、日本伝統の「富山の置き薬」を活用した医療の改善に挑んでいる。手元に薬さえあれば救われる命があると信じて。(担当・福岡範行)

序章

「自分の役割」知る

現地の薬剤師に配置薬の説明をする町井恵理さん=タンザニアで

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 タンザニアに必要な薬は何かと、聞いて回っていたときだった。持参した日本の配置薬を見て、現地の女性薬剤師が目の色を変えた。「この国にはない薬。今すぐに買いたい」。配置薬はタンザニア政府の許可を待つ準備段階で、渡せなかったが、確かな需要を感じた。

 世界保健機関(WHO)の調査でアフリカの多くの国は平均寿命が60代以下。病院など医療体制の整備は遅れ、日本から進出する製薬会社も少ない。品質に問題はないが箱がつぶれて廃棄される日本の薬などを安く調達すれば、必要とする人がいる。

 配置薬は、よく使う薬の詰め合わせを家庭などに置いておく仕組み。欲しい薬がすぐ手に入り、代金は薬を実際に使ったときに支払えばよい。貧しい人も利用しやすい。

 タンザニアでの調査や交渉は進み、配置薬導入に一歩ずつ近づいている。昨年、東京都主催のビジネスプランコンテストで最優秀賞を受賞。日本でも共感の輪が広がってきた。思いが形になりだし、「これが自分に求められている役割なんだ」と確信した。7年前、病児の死に直面したときは自分の役割が分からず、悩んだけれど。

本章

社会を変えるしか

医療啓発活動をしていた村を見下ろす町井恵理さん=ニジェールで

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 2008年、国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊として感染症対策の職種で派遣されていたアフリカ西部のニジェールで、ある農村の女性に「お金をちょうだい」と言われた。日本円で200円ほど。徒歩では1時間かかる病院に高熱の子どもを連れて行くためのロバが引くトロッコの代金だ。

 お金は渡さなかった。1人に渡せば別の人にも断れず、際限がなくなる恐れもあるし、根本的な問題が解決するわけではない。

 1カ月後、女性に再会。容体を尋ねたら、その子は亡くなっていた。たぶん、マラリアで。言葉を失った。何が正解だったのか、答えは分からなくなった。ただ、自分の行動に責任を持つしかない。社会の仕組み自体を変えていくしかないと思った。

 途上国に行くと、日本に生まれたことがいかに恵まれたことか実感する。最初は大学時代、インドを旅行して訪れたマザー・テレサの家。障害児らの食事の世話などをしたことからボランティアに目覚め、海外の薬局での手伝いなどを重ねた。

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 青年海外協力隊に合格したのは日本の製薬会社に勤めていた06年。「やるならば、ディープな未知の国で」とニジェールを希望した。

 当時、ニジェールの平均寿命は日本より数十歳も低く、自分と同世代の人たちが死を意識していた。「日本なら死ななくて済む命が多い」と感じ、マラリアなどの感染予防の啓発活動に尽力。文字を読めない人も多く、紙芝居やラジオを駆使し、病気の知識を繰り返し教えた。

 当初、アンケートでマラリアの原因を尋ねても正答率は2割ほどで、「神がもたらす」などと答える人も。任期が終わる2年後の正答率は8〜9割に上がった。しかし、マラリアを媒介する蚊を防ぐ蚊帳が増えた様子はない。結局、お金がないなどの理由で対策を取らない人が多かった。

 知識を与えても、行動を変えられなければ意味がない。社会の仕組みを学ぼうと帰国後の11年4月、グロービス経営大学院に入学。そこで、アフリカへの配置薬導入の研究を始めた。

 国際機関は既に、アフリカに薬を送っているが、病院などにとどまり、国民の隅々には届いていない。有効成分の入っていない偽薬も出回っている。日本の薬などを詰めた配置薬を広めれば、効き目の高い薬を国民に直接渡せる。「目の前に薬があれば、興味を持ってくれる。病気の予防法を広めるのにも役立つと思う」

 富山県を訪ねて江戸時代に配置薬が広まった理由を調べ、交通インフラが乏しく、大家族で暮らしていた点などで現代のアフリカと共通点があると感じた。

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 日本人からは「薬を盗まれないの」と聞かれるが、心配していない。「村のコミュニティーがしっかりしていて、周りの目があるから」。そんなところは、日本の田舎とも似ている。

 一方、現在のアフリカではマラリアが広まっていたり、携帯電話は普及していたりと違いもあり、仕組みを現代版に変える必要がある。「その答えは現場にしかない」。日本から薬を運びやすく、治安も比較的良いことから導入場所にタンザニアを選び、14年5月から現地の病院などで聞き取り調査を開始。現地の協力者と連携し、配置薬の置き場所や薬を配る人の教育など、課題の解決策を探っている。

 「何かを成し遂げるには、生涯はかかる」と覚悟を決めている。アフリメディコには20人以上の仲間が集い、インターネットの活動資金募集では180万円以上も集まった。その支援に背中を押され、挑戦を続ける。ニジェールで味わった迷いと悔しさも忘れない。「経験を価値に変えられるかは自分次第だから」

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 全国配置薬協会(富山市)によると、富山の置き薬誕生のきっかけは、江戸時代の1690年、富山藩主前田正甫(まさとし)公が江戸城で腹痛に苦しむ病人を薬で治したこと。薬効に驚いた諸国の藩主に頼まれ、富山から全国への行商が始まった。薬を先に渡し、使った分だけ謝礼を受け取る特徴的な販売システムのルーツは諸説あるが、正甫公の「用を先に利を後にせよ」の精神から生まれたとされる。

 戦時中は薬を政府が統制。戦後は国民皆保険の導入で気軽に通院する習慣が広まり配置薬の利用は減ったが、今も1万8000人が配置薬販売に携わる。

 海外では日本財団が2004年にモンゴルで、地元の非政府組織(NGO)と連携し、現地の薬を使って配置薬システムを普及させた。ベトナム、タイ、ミャンマーの政府もシステムを導入。今年6月にはミャンマーの研修団が富山を訪ね、将来のビジネス展開を見据えて民間企業とも交流した。

 

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