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旅は最高のリハビリ 「夢」かなえる介助付きサービス

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やさしい革命

 最期に故郷の地に立ちたい、海外に行きたい−。そんなお年寄りの願いをかなえようと、神戸市のNPO法人「しゃらく」の代表理事小倉譲さん(37)は東奔西走する。介護や医療ケアが必要な人の旅行を実現し、ノウハウを他の団体にも伝えて普及に努める。諦めずに旅することが、最高のリハビリだと信じて。(担当・福岡範行)

序章

認知症変わる表情

しゃらくを利用して息子の結婚式に参加した男性(手前右から2人目)=金沢市で

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 新郎と新婦が誓いのキスをした瞬間、結婚式場に新郎の父親=当時(79)=の大声が響いた。「おめでとう! ありがとう!」。父親は重度の認知症。式場で新郎と会っても思い出せずにいた様子だったが、わが子が結ばれると、目から涙がこぼれた。

 式は6年前。要介護度5で、座る姿勢しか取れない父親を石川県小松市の施設から金沢市の式場まで付き添ったのが、神戸から駆けつけた小倉さんだった。

 認知症になる前から息子の結婚を気にかけていた父親。式場までの移動支援を家族はケアマネジャーや行政の窓口にも相談したが、家や施設での生活支援が中心の介護保険では介助が得られず、しゃらくを頼った。

 しゃらくの拠点から小松まで特急電車で4時間近く。それでも小倉さんは「依頼主の思いを聞くと、情が移ってしまう」と応じた。

 父親は長年連れ添った妻にさえ、時々「おまえは誰だ」と言っていた。息子の結婚式後、控室で妻に掛けた言葉は違った。「俺たちも、もう一遍結婚しよう」

 旅先で表情を変える人たちを何度も見てきた。最初は実の祖父。介助付きの旅行サービスを志すきっかけになった。

本章

不安、障壁 取り除く

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 祖父とは毎年一緒に旅をした。荒れていた中高生時代も自分を避けず、叱ってくれた祖父が好きだった。

 2004年、当時87歳の祖父は心臓病や認知症を患い、数メートル歩くのがやっと。「もう死ぬから、旅は無理や」と語る祖父を諦めずに誘うと、「故郷の神社に行きたいな」とつぶやいた。祖父の故郷は徳島県鳴門市。相談に応じてくれる旅行会社はなく、祖父の住む岡山県から車で連れて行った。

 2階建て住宅ほどの高さがある神社の石段を祖父は1人で上った。そのまま境内で神主と1時間、楽しそうに立ち話。足腰が弱いとは思えない光景だった。その1年後、祖父は亡くなった。

 当時は障害者向けの服を作りたくてアパレル企業で働いていたが、利益優先の考え方に嫌気が差していた。間もなく退職し、06年、学生時代の友人らと4人でしゃらくを設立した。

 事業は、手厚い介護などが必要な人向けの「オーダーメード旅行」。希望する旅の内容や病気、介護の状況を詳しく聞いて行程表を作り、必要に応じて医療スタッフも旅行に付き添う。利用者の願いを最優先。訪れやすい場所を選ぶより、希望の旅先の障壁をなくし、不安を取り除くことに知恵を絞る。

 開始当初、そうした旅行は珍しく、依頼はほとんどなかった。月給3万円。6畳一間に4人で暮らし、1個50円のコロッケを半分ずつ食べた。生活苦で何度も諦めかけたが、社会を変えたくて励まし合い、踏ん張った。

 高校2年だった1995年、神戸市で阪神大震災に遭った。父親の一言をきっかけに、社会貢献を志した。

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 父親は震災直後から会社で復興の陣頭指揮を執り、家には帰らなかった。なぜ、家族をほっておくのか。数週間ぶりに帰宅した父親に玄関先で詰め寄ると、こう返された。「お父さんにとっては会社の従業員も利用者も大事な家族だ。この家はおまえが守れ」

 父親のワイシャツは家を出たときのままで、裾は黄色く変色していた。苦労は言われずとも理解した。父から初めて役割を託されたのがうれしかった。

 誰かの役に立ちたいとの思いが芽生え、ステージショーで被災者らを元気づけるボランティア活動を始めた。

 忘れられぬ出来事が、もう一つある。耳の持病が悪化し、手術を繰り返していたころ、病院で1つ年下の友人「うじやん」と出会った。小児がんを患い、ほとんど病院で過ごしていた。

 震災後のある日、うじやんは「夢がある」と言った。何げなく「おまえに何ができんねん」とからかってしまった。彼は涙を流し、「僕にもできることはある。編集者になって両親を楽にさせたい」と訴えた。

 うじやんは19歳で亡くなった。小倉さんは後悔とともに「夢を目指すスタートラインが違う。世の中には不公平がある」と感じた。みんなの夢の実現を手助けする活動の原点になった。

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         ◇

 最期が近づき、思い出の地などへの旅を夢見る人々がいる。旅先でトイレに困らないか、もし倒れたら、といった不安がその願いを封印する。その不安を和らげたのは同じような境遇の人が旅行できたという事実。しゃらく設立から4年後の2010年、手探りで実現してきた13事例をまとめた冊子「旅をあきらめない」を神戸市のケアマネジャーらに配ると、依頼が急増した。

 これまでの利用者は延べ2500人以上。リピーター率は8割を超える。事業は回り始め、利用者の葬式に出向くと「亡くなる前にやりたいことをやれてよかった」と遺族から感謝される。ノウハウを11団体に無償提供し、似た活動をする団体も増えてきた。

 手応えの一方、歯がゆさも抱く。末期がんなど重篤な状況の人に重点を置いた旅行業を目指しているものの、綿密な準備を含めた労力の割に報酬は低く、大勢がまねたがる仕組みをつくれていない。難病などの子どもたちの夢を形にする「まさゆめProject」を13年に始めたが、人手が足りず、今年休止した。

 「こうした旅行が当たり前にならなきゃ、僕らは勝者じゃない」。人々が自然と助け合う社会を目指し、走り続ける。

 5月中旬、神戸市の末期がん患者の女性(73)らと富山県の立山・室堂(標高2450メートル)を訪ねた。一面に広がる雪山の絶景を車いすから眺め、女性は「最っ高。寿命が1年延びたわ」と声を弾ませた。小倉さんは笑顔でつっこんだ。「1年? 10年生きるって約束したやん」

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 介助付き旅行 厚生労働省などによると、介護保険に旅行の介助サービスはなく、制度外の取り組みとして民間で広まってきた。NPO法人日本トラベルヘルパー協会(東京)は旅先での移動や入浴、排せつなどを介助する専門家を首都圏中心に500人以上養成。「バリアフリー旅行」を打ち出す大手旅行会社も出てきた。

 石川県を訪れる高齢者や障害者向けには2013年から石川バリアフリーツアーセンター(金沢市)が観光地のバリアフリーの状況の情報を発信し、訪問介護業者も仲介。同県白山市の旅行会社「ツーリストクラブ石川 白山営業所」は今年5月、高齢者や障害者も参加しやすいツアー旅行を始めた。 

      ◇

NPO法人しゃらく=電078(735)0163

 

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