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ど田舎の子 母校守る宣言 島根・津和野の中学生 鈴木智也

大好きな左鐙小学校の校庭に立つ鈴木智也君=島根県津和野町で

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 人の温かさも、素朴な疑問を大切にする授業も、うれしかった。全校児童7人の小学校。「こんな魅力的な田舎の小学校をつぶすことって、日本の未来にとって正しい道なんでしょうか」。山陰地方に暮らす中学1年生の鈴木智也君(12)は問い掛ける。母校を廃校にしたくない一心で、人前で話すのが苦手だった少年は大舞台で声を上げた。

序章

 「僕は集落の未来を背負ってここに立っています」

 スポットライトでまばゆい舞台から、辛うじて見えた最前列の観客は身を乗り出していた。話を聞いてもらえるうれしさで緊張が解け、言葉があふれた。

 島根県津和野町に住む鈴木君は2014年11月、実現したいアイデアを発表する都内のイベントに登壇した。

 母校の左鐙(さぶみ)小の先生は小さな質問にも丁寧に答えてくれ、地元の人たちとも毎週のように交流。引っ込み思案だった自分を変え、人として大事なことを教えてくれた。そんな学校を残すために児童を増やしたくて、空き家を子育て家族が移住しやすい住宅に改修する費用をインターネットで募っていることを伝え、最後に宣言した。

 「この小学校で育った人材が東京のど真ん中で活躍する日が来るでしょう。これからも僕を見ていてください」

本章

周りを巻き込む

 発表が終わると、会場はスタンディングオベーションに沸いた。それからは、町の内外にも「大人なのに何もしていなくて恥ずかしい」という声が広がり始め、空き家改修費の寄付は急激に伸びていった。

 鈴木君は13年4月、茨城県つくば市から左鐙小に転校した。母親の貞子(ていこ)さん(44)が東日本大震災による原発事故の影響を心配したからだ。児童数は7人。転校前の学校の80分の1だった。

 「ここはど田舎ですけど、僕を変えてくれたし、これからの日本の将来を担っていく人材を育てられる場所だと思っています」

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 社会や理科は校長先生と1対1。どんな疑問も流されなかった。縄文時代の暮らしのイラストに描かれたシカを見て、「何で角がないんだろう」と尋ねたら「一緒に調べてみようか」。メスジカには角がないと知り、「気性が穏やかで、狩りやすかったのかな」と話し合った。

 「『そんなことどうでもいい』なんて思っている方もいるかと思うんですけれど、先生は僕の『知りたい』っていう心をくみ取って、誠実に応えてくれた。人間として大事な何か温かいものを学べた気がします」

 同級生は3人。授業では何度も当てられ、友達と違う意見はないかと聞かれるから、いつも自分なりの考えをギュッとひねり出した。いま通う中学校では左鐙出身の同級生も先輩も大人数の輪の中心にいる。大人は人数が少ないとコミュニケーション能力が育たないと言うが、変だなと思う。

 はだしで走ると気持ちいい校庭の天然芝は地元の人たちが植え、手入れもしてくれている。お年寄りとは餅つきや歌遊びで交流し、すっかり仲良しだ。

地元のお年寄りに囲まれ笑顔!

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 「お餅をみんなで食べて、さらに地域の人たちがおかずをいろいろ持ってきて、宴会みたいなどんちゃん騒ぎをして。普通の小学校の時間にですよ。すごいなって思って(笑)」

 学校前の「日本一の清流」高津川には授業でも遊びでも飛び込む。伝統の石見神楽にも夢中になった。

 そんな大好きな学校の廃校が検討されだした。町教育委員会は1学年に3人前後の児童は必要と考え、児童数が16人未満なら廃校にするという基準を09年に定めた。左鐙小はそれから、一度も基準を満たせていない。14年2月、教委は住民向けに学校統廃合の説明会を開き、小学6年生だった鈴木君も出席した。

 存続を望む住民との議論は白熱し、教委の1人が「左鐙小は異質」と口にした。鈴木君は思い切って手を挙げた。「僕にとっては異質じゃなく、特別な学校です」。魅力を一生懸命話したが、教委の人の返事は素っ気なく聞こえた。悔しくて、家でホットミルクをがぶ飲みした。

 8カ月後、思わぬ提案が舞い込んだ。廃校を防ぐため、子育て世帯向けに空き家を改修する費用をネットで集めようと。

 地元町議の京村まゆみさん(52)や、東京から津和野に移住し、まちづくり会社「ファウンディングベース」で活動する若者たちが声を掛けた。京村さんの心には、鈴木君の説明会での言葉が響いていた。「智也はまず『今まで左鐙小を残してくれてありがとうございます』と言ったんです。大人顔負けだった」

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目標達成へ秘策

 先頭に立ちたい−。鈴木君は資金集めの呼び掛け文を自分で考えた。目標は10月から2カ月間で600万円。当初は1円も集まらない日も続いた。起死回生の一手が、都内で14年秋にあった「TEDxKids@Chiyoda」への出場だった。

 「話す内容は智也が考えろ。頭が真っ白になっても自分の言葉は出てくるから」とファウンディングベース共同代表の林賢司さん(28)から助言され、前日まで内容を練った。15分間の一発勝負。廃校を止められないかもしれない不安も明かしながら、背筋を伸ばし続けた。

 「アクションを起こしても失敗することってたくさんあると思います。でも、アクションを起こさなかったら物事って失敗するんです。だから、僕はこのひとかけらの望みでもいい。それにかけてこのアクションを起こしています」

 舞台袖に下がるとほっとして、顔をくしゃくしゃにして泣いた。左鐙では、道で会ったおばさんが「よかったね」と笑ってくれた。

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 706万円もの寄付が集まったが、空き家の改修はまだ途中で、移住家族も募集中。教委は今年4月にも児童数が16人以上になる見込みがあるかを見極め、廃校を判断する。状況は厳しいが、できることには挑み続けようと思う。

 将来の夢は「チェンジメーカー。自分のためじゃなく、社会のために動ける人になりたい」

  担当・福岡範行

 津和野町 津和野城跡や鷺(さぎ)舞などの文化財が残る島根県西部の中山間地の町。人口は8000人。2005年に左鐙地区を含む旧日原町と合併した後には、少子化で小学校3校中学校1校が閉校した。一方、山村留学や定住の受け入れに積極的で、東日本大震災後に豊かな自然を求めて移住する子育て世帯などが目立つようになった。左鐙小学校の児童6人のうち4人は町外からの転入生。

 

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