トップ > 北陸中日新聞から > popress > 特集 > 記事

ここから本文

popresspopress【特集】
 

レズビアンマザー 寄り添い40年 闘う 最愛の家族と

陶芸家の岩国英子さん(右)と詩人の米谷恵子さん。手前は岩国さんの作品。右から「逃げない生き方アハハ」「逃げない生き方イヒヒ」

写真

 同性婚が認められていない日本。中でも保守的とされる北陸地方で、陶芸家の岩国英子さん(67)は、パートナーで詩人の米谷恵子さん(62)と、それぞれが産んだ5人の子どもを共に育てた。法律に守られた関係ではない。40年寄り添い、時にけんかもしながら、徹底的に互いと向き合って、絆を強めてきた。その生き方は問い掛ける。家族とは−。(担当・押川恵理子)

序章

貧しくても共に

 「あんたらはどんな夫婦、きょうだいよりも濃いのう」。近所のおばあちゃんがつぶやいた。福井県の山あいに、2人が暮らす「ベロ亭」はある。

 かつて、岩国さんは首都圏で暮らし、男性と結婚していた。米谷さんと出会い、離婚。連れだって全国を放浪し、1977年に福井へ。陶芸を始め、車いっぱいに器を積んで2人は売りに出掛けた。時には子どもたちも連れ、全国600カ所以上を巡った。

 「今だって、今日売れたお金で車のガソリンを入れる生活」と岩国さん。母子家庭の貧困、女性蔑視、同性愛への無理解…。共に手を携え、闘い続けてきた。

本章

写真

 苦しみ抜き達観した大人のまなざし、無垢(むく)な子どものような表情。岩国さんが作る泥人形は見る者に語りかける。昨年11月に福井市で開いた個展。赤いピエロの衣装で登場し、即興で陶彫に取り組んだ。「遊ぶことで真相を伝える」。作品に温かい人柄がにじむ。

 2時間半かけて粘土を高く積んだ作品は写真を撮ろうと米谷さんが近づいた直後、崩れた。静まり返った瞬間、当の本人が絞り出した「ごめん…。私でよかったね」という一言に、岩国さんも怒りを鎮め、場も和んだ。幾多の困難を突破してきた「2人の人生が凝縮した時だった」。

昨年11月に開いた個展でピエロの衣装を着て制作を実演する岩国さん=福井市で

写真

 そう話す2人を結び付けたのは、岩国さんが発行していた個人誌「ベロ」。当時は神奈川県の鎌倉市職員で、夫婦共働き。双子ら幼い娘3人の育児や家事に追われた。子煩悩な夫だったが、人生観を共有しきれない。「あり地獄に落ちた気がした」。家族が寝静まると、自分の思いをつづった。

 ベロは創作民話「ベロ出しチョンマ」に由来する。村人のため年貢を減らしてほしいと直訴。一家は捕らえられ、刑場で泣きだす妹に、兄はいつものように舌をベロッと出し、笑わせた。団塊世代の岩国さんはそんな世直しを志した。

 職場などでベロを配ると、同じように悩む女たちがいた。米谷さんも手にし、強く共感。「全く違う所で生きてきたのに、鏡の上で倒立している自分を見るようだった」と岩国さん。一緒にいると、自分が何倍もいきいきする。共に暮らす道を選んだ。

 1976年春。“あり地獄”から飛びだし、車に乗って2人で全国を旅した。コミューンに泊めてもらったり、農作業を手伝ったり。各地のレズビアンや女性グループともつながった。互いと向き合った濃密な時間は、ベロ亭の原点となった。

写真

 翌年、旅の縁で福井県へ。街中の借家に「姉妹」として入居したが、直に転居を迫られた。子どもたちがのびのびと暮らせる土地を探し回り、山あいに引っ越した。ものづくりが好きな岩国さんは押せばへこみ、引っ張ればちぎれる粘土の素直さに魅せられ、寝る間も惜しんで陶芸に打ち込んだ。貧しくとも創作を手放さない。「ベロ亭やきもの&詩キャラバン」を始め、各地で器を販売し、米谷さんの自作詩朗読などとともに2人の生き方を表現。触発され、新たな道に歩み出す女性も次々と出てきた。

 古い地域社会では母子家庭を認める空気すらなく、レズビアンなどありえなかった。それは愛する相手を「見えない存在」にされること。自らの苦悩や葛藤も表現できない。それでも2人は堂々と暮らし、子どもの学校や地域の集まりは「母親2人」で通した。

写真

 貧しくぎりぎりの生活だったが、子ども5人は元気に駆け回り、たくましかった。説明されなくとも、母親2人が最愛のパートナーであるとも分かっていた。ある時、米谷さんの布団に潜り込んだ双子の1人が岩国さんに得意げに言った。「ママ、いいやろ」

 5人は中学校卒業後に自活し、都会で働きながら学校に通った。97年2月、ベロ亭に集まった5人に正式にカミングアウトした。社会的な視点から同性愛を理解してほしくて。70年代の米国・サンフランシスコで活躍し、敬愛されたゲイの市会議員ハーヴェイ・ミルクのドキュメンタリー映像を見た。「本当のこと?」。驚いた子もいた。

 「結婚したレズビアンマザーは誤って子どもを産んだ」と非難する若い世代のレズビアンもいるが、「人間は変わる。異性愛者として生きてきて同性愛者と気付く人もいれば、逆の人もいる」と岩国さん。そもそも“正しい”出自や家族とは何か。子どもへの人権侵害と憤る。

山あいの古民家に暮らし子ども5人を育てた(1983年撮影)

写真

 98年、焼き物の旅で訪れたエクアドルで2人はゲイのカップルと出会った。一緒に買い物や遊びに出掛け、初めてレズビアンとして自然体で毎日を過ごした。この「天国にいるような2カ月」が、社会的なカミングアウトを後押し。一時帰国した99年、南米旅行の記録誌で告白した。2011、12年にはNHKの全国放送に出演。大きな反響を呼んだ一方、性的少数者の側面ばかりが注目されてしまい、2人の人生全体が理解されづらくなると危ぶむ。

 これまで、2人はさまざまな社会問題と向き合ってきた。児童扶養手当を未婚の母に支給しない方針などが出されると、全国のシングルマザーと行動して改正を阻止。未婚の母を理由に福井県内の幼稚園教諭が配置転換されると、その女性を守りながら処分の不当性を全国に問い掛けた。

 08年10月、衝撃が家族を襲った。「うたうたい」だった娘、のえさんが37歳で急逝。自死だった。それから6年、自死で残された人々が支え合う活動を開始。性的少数者やその身近な人ゆえの悲嘆にも耳を傾ける。

 「人の心に分け入り、逆境の中で自分が獲得してきたことを伝え、一緒に生きられたら」と岩国さん。

 米谷さんは人生の伴侶であり、共に闘ってきた「コンパニエラ」。スペイン語で女性の同志や仲間を意味する。ベロ亭の営みは2人の表現活動と誇る。結婚式を挙げなくとも、可視化できる絆を育んできた。

写真

 同性婚 日本は婚姻を「両性の合意のみに基づいて成立」と明記する憲法などを根拠に、結婚を異性間に限定してきた。同性カップルは長年連れ添っても、配偶者控除など税制上の優遇が受けられず、事実婚の異性カップルに認められている医療や健康保険、年金などの社会保障も対象外。パートナーや、血縁関係のない子どもが突然の病気や事故に見舞われた場合、緊急手術に同意できないなどの不安を抱える。

 世界では、オランダが2001年に国レベルで初めて同性婚を合法化。13年時点でカナダやフランスなど15カ国に広がる。結婚を州法で定める米国も多数の州が認めている。

写真
 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索