トップ > 北陸中日新聞から > popress > 特集 > 記事

ここから本文

popresspopress【特集】
 

消えゆく「固定種」の野菜 伝える 命 多様性つなぐ

「未来に種を残したい」と話す枡田一洋さん

写真

 良質な実から種を取ることを何代も繰り返す「固定種」の野菜は、地域ごとに個性があり、風味豊か。50年ほど前までは多くの農家が栽培していたが、今や大量生産向きの「交配種(F1)」が市場の大半を占め、固定種は消えつつある。「人の手で受け継がれてきた種を未来に残したい」。石川県羽咋市の山あいで農業を営む枡田一洋さん(36)は、昔ながらの野菜の継承に力を注いでいる。(担当・福岡範行)

写真

 <固定種> 農家らが一つの品種で栽培と種取りを繰り返し、性質を安定させた作物。国内で広く栽培され、各地で味や形が特徴的な野菜が生まれた。だが、50年ほど前から交配種の種が普及し、衰退した。

 <交配種(F1)> 異なる品種を人為的に掛け合わせた雑種。形などが均一の野菜が大量に採れるが、その野菜から種を取って育てても1代目と同じ特徴の作物は育ちにくいため、ほとんどの農家は毎年、種を買い直している。種の生産は多くが海外に移っている。

序章

種の力 信じて

写真

 2014年7月、固定種のナス300株に、つややかな紫色の実が鈴なりになった。形もきれいな丸みを帯び、かじるとリンゴに似たほのかな甘みが広がった。

 前年は大半が病気でしおれた。病気に耐えた実の種にかすかな期待を託し、土地の環境に適応させようと、あえて同じ場所にまいた。ナスは連作に不向きとされるが、最盛期は1日60キロほどの豊作だった。

写真

 肥料も農薬も使っていない。「一級品のナス」が育ち、良い子孫を残そうとする種の生命力を感じた。「失敗しても、来年こそはうまくいくと希望が持てる」

 枡田さんは固定種のズッキーニやトマト、オクラなど30種類を育てている。別の地域で受け継がれてきた種を仕入れて植え、自家採取を繰り返して、この土地に根付かせようと挑む。

写真

 固定種の野菜は形がばらつきやすく、市場出荷の規格に合わないものも多いため、固定種を引き継いできた地方の伝統野菜でさえ、育てやすい交配種に切り替えた農家もいるという。

 そんな難しい道を、枡田さんはあえて選んだ。

本章

大事なものを

 2012年4月、6000平方メートルほどの土地で農業を始めた。ススキやクワの木で荒れた耕作放棄地もあり、開墾して野菜を育てたが、収穫量はわずか。以前使われた肥料が土に残っていた畑は害虫が集まり、農薬なしで育てたトマトは全滅。貯金700万円は2年もたたずに底をついた。

写真

 農家で食べていくには5年は掛かると聞いていた。「生きる上で大事なものは自分で生み出したい」と心に決め、くじけなかった。

 就農1年目は50品種を栽培。キュウリだけでも5種類試した。いぼは多いがパリッと歯応えのいいものや、実の半分だけ白いものができ、「同じキュウリでこんなにも違うのか」。特徴の豊かさに目を見張った。

写真

 毎年、一番出来栄えの良い実は食べずに残して、種を取る。それを繰り返すと、形も味も年々、自分好みに近づけられる。土地に適応した実から種を取るため、栽培も年々しやすくなる。「種と一緒に成長している感覚がある。究極のものづくり」とのめり込んだ。安心できる野菜を作りたいと志した無農薬、無肥料の自然農法にも最適だと感じた。

 土地の環境にも、生産者にも影響されて、固定種は多彩に成長していく。土壌の多様な微生物に栽培を助けられている実感もある。「一つ一つに個性がある自然の命をつなぎたい。それは人も同じ。農法も、生き方もいろんな選択肢があればいい」。自分のやり方とは違うが、交配種や農薬を使う農業の必要性も認めている。

写真

 農業を始める前は石川県内の印刷会社で毎日、新聞の折り込みチラシなどを作っていた。望んで入った職場だが、10年ほど働いたころ、「自分は何も生み出せていないんじゃないか」と疑問が生まれた。

 迷いの中、地元の書店で「奇跡のリンゴ」を手に取った。青森県弘前市の農家木村秋則さんの実話。10年近く、無収入になっても無農薬、無肥料でリンゴ作りを貫いた生き方に驚いた。「理屈ではなく感覚で、野菜を生産する側になりたいと思った」

 08年8月に生まれた長女のことも頭をよぎった。生後1年間は肌が赤く荒れ、ひどくかゆがった。家族の食生活を改め、無農薬の野菜を選んだ。徐々に症状が落ち着いていくのを見て、食べ物の大切さを痛感した。

写真

 10年に脱サラ。その年、羽咋市が木村さんを塾長に招いて自然栽培実践塾を始めると知ると、市にすぐ電話し、塾のスタッフに雇ってもらった。羽咋に移住して1年間勉強。この塾で固定種を学んだ。

 固定種が主流だった50年ほど前までは、同じ野菜でも地域によって味も形も違い、各地の食文化を彩った。例えば金沢の青カブはこうじと相性が良く、郷土料理「かぶらずし」を育んだ。だが現在、食品スーパーに並ぶ主流の野菜は、北海道でも九州でも画一的な交配種だ。

 枡田さんから種を仕入れる埼玉県飯能市の固定種専門店の店主野口勲さん(70)は、花粉が出ず、子孫ができない交配種の販売が増えていることを心配。「本来の野菜の種が消えてしまう」と、固定種の大切さを訴える。

写真

 この店に種を卸す農家は80〜90代ばかりだったが、最近、枡田さんら若い世代も現れ始めた。固定種などの保護を呼び掛けるイベントも国内外で開かれ、その価値を見直す動きは広がっている。

 野口さんは昨春、枡田さんの畑を訪ねた。山林に囲まれ、別の畑から花粉が飛んできにくいため、雑種が生まれる心配は少ない。種取りに適していると認めた。枡田さんも、最初は不便だと思った山奥の耕作放棄地が今は宝の土地に見える。

 山あいの暮らしにもなじんできた。移住2年目に復活した秋祭りの獅子舞では、獅子頭を担いだ。当番で神社の掃除や供え物の準備もした。こうした集落の伝統も、次世代に残したい。それは、固定種を受け継ぐ大切さにも通じると考えている。

 野菜は東京や金沢の小売店などに出荷し、何度も買ってくれる固定客もできた。階段は一段ずつ上っている。

写真
 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索