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気仙沼復興へ 高校生を変える NPO法人「底上げ」代表 矢部寛明

自分で考えると、人生は良くなる

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 東日本大震災の直後、宮城県気仙沼市で矢部寛明さん(31)は高校生を変えようと決意した。復興には、失敗しても前を向ける若い力が必要。NPO法人「底上げ」を設立し、高校生たちと地域のため何ができるかを語りあい、生徒たちが自ら考え、動きだすことを根気強く促した。自発的に動く若者を増やすことが、日本を変えることにもつながると信じて。

序章

いいね。できるよ。

 2013年夏、矢部さんの目の前で高校生たちが泣きだした。手には、完成したての観光リーフレット「気仙沼恋人スポット」。題材も文章も自分たちで1から考えた。1年がかりで、思いが形になった瞬間だった。

 最初に動きだしたのは阿部愛里さん(19)。観光で何かしたいと考えたが、具体的なアイデアが浮かばなかった。

恋人ツアーの参加者たちと高校生

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 その思いを聞いた矢部さんは「いいね。できるよ」と応援した。指図はせず、「その程度で命かけてやる意味あるの」と繰り返しハッパを掛けた。その陰で、周囲の大人には口出ししないよう理解を求めた。

 阿部さんは友人らと「底上げYouth」を結成。活動内容は自力で必死に話し合い、郷土料理の若者向けアレンジや地元の祭りの振興にも取り組んだ。全国の高校生の地域貢献をたたえる賞では1位に輝いた。

 阿部さんは「自分も仲間も、新しいことをするのが怖くなくなった。将来、この仲間と一緒に町を盛り上げるんだと思うとワクワクする」と語る。

 思えば、2年前は目標が持てなかった高校生たち。震災の傷痕が色濃い町で何もできずにいた。

 気仙沼恋人スポット 底上げYouthの高校生が2013年7月に作った観光リーフレット。「恋人」という言葉を広めたのが気仙沼市出身の歌人落合直文の短歌らしいと知り、歌人ゆかりの名勝「煙雲館庭園」を恋人スポットと紹介。恋愛小説風にした紹介文の主人公は、煙男君と雲ちゃん。あどけない文章で評判を呼んだ。翌14年3月に恋人ツアーも開催。気仙沼の岬「岩井崎」を紹介する第2弾、「大島」を紹介する第3弾も製作した。発行部数は計2万5000枚。

本章

諦め 震災が変えた。

リーフレットを製作する高校生たち

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 震災から12日後、矢部さんは知人の力になろうと気仙沼に駆けつけた。その年の8月、仮設住宅に暮らす小中高校生らの学習支援を始めた。外に連れ出し、ストレスを発散させたかった。

 出会った高校生たちは、後ろ向きだった。地域のために「何かはしたい」と口にするが、動き出せない。「しょうがない」と考えるのをやめ、諦める。その姿は昔の自分と重なった。

 高校時代は16歳で始めたビリヤードに夢中になった。大学進学に魅力を感じず、高校卒業後はフリーターに。周囲から「まずいだろ」などと言われ、不安になった。

 オーストラリアでワーキングホリデーを過ごし、ビリヤードのプロも考え、どう生きたいのかと自問自答し続けた。23歳で大学に進学。遠回りが許される社会に感謝し、何かを還元したいと思って、大学時代は環境問題に取り組んだ。

郷土料理を作る高校生たち

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 2年生の時、東京から北海道洞爺湖サミットの会場までママチャリで旅した。各地の県庁を訪ねて地球温暖化防止を訴え、行く先々でマイ箸を配り、市民一人一人の意識を変えようとした。手応えはあまりなかった。「問題は大きくて複雑。自分では変えられない。しょうがないんだ」

 そんなしらけた気持ちは、震災で変わった。ママチャリの旅で無料で泊めてくれた気仙沼のホテル望洋に恩返しをしたくて、避難所運営やがれき撤去を手伝った。どんなに片付けても、なくならないがれき。親を亡くし涙する子どもたち。日々、無力感を感じた。「今、離れれば死ぬ時に後悔する」。内定していた就職先を断り、気仙沼に移り住むと決めた。

 希望はあった。「何かはしたい」と語る高校生たちに、くすぶるやる気を感じていた。足りないのは、やりたいことの実現のために自問自答することだと思った。矢部さんが高校卒業後、ずっとしてきたことだ。

 学習支援を始めてから7カ月後、地域にできることを高校生が話し合う「子ども会議」を始めた。「意見を否定しない」という雰囲気の中で控えめな子も徐々に発言が増えた。ボランティアで被災地入りした大学生や地元の商店主らと話し合わせ、生徒の視野も広げた。生徒が何かを「好き」と言えば、「なぜそう思うか」を尋ね、突き詰めた。

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 子ども会議のメンバー有志らは半年後、「底上げYouth」を自主的に結成した。

 生徒が「大人は答えを知ってるんだと思うと、つまらなくなる」と漏らしたから、具体的な指示や助言は控えた。面談の約束が一つ取れれば喜び合い、リスクを取る勇気が出るように背中を押して、動きながら学ぶように促した。

 一方で、生徒が動きやすい環境をつくるため、一人一人の親に活動の意義を説明して回った。地元のイベントも手伝い、地域の大人の理解も少しずつ広げた。

 「自分で考え、自分で動き、自分で切り開くと、自分の人生は良くなる」。矢部さんは行動することで、そのメッセージを生徒たちに示してきた。

 底上げの活動が評価され、3年前から、社会起業家を世界規模で支援する団体「アショカ・ジャパン」(東京都)のスタッフにも就任し、社会を良くするために自ら動く若者を育てるユースベンチャー事業を始めた。東京と気仙沼を拠点に、熱意を秘めた若者を発掘しようと全国を飛び回る。

 「経済を学びたい」「国際貢献に携わりたい」。底上げYouthから昨春巣立った卒業生10人は自ら考えた道を歩みだした。

 卒業生の背中を追い、後輩20人は地元の魅力的な人を紹介するフリーペーパーの製作も新たに始めた。気仙沼の活動に触発され、宮城県南三陸町でも高校生の団体ができ、連鎖が生まれ始めた。文部科学省の担当者も「応援したい動き」と注目する。

 さまざまな事情で気仙沼を離れる人はなくならない。それが「不幸」と矢部さんは思わない。幸せは人それぞれだから。「農業でも企業経営でも、地域に住む一人一人が自分で考え、納得した生き方を選べていればいいと思う」

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 担当・福岡範行

 

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