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つながり 抱き歌う シンガー・ソングライター 金沢市 小杉奈緒さん(30)

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 新作のアルバム「余白」を初めて聴いたとき、時代を重ねて愛されてきた楽曲がまとうような普遍性を感じた。金沢市のシンガー・ソングライター、小杉奈緒さん(30)の歌声は、大地に根を張り、自然や人々の営みを包み込むような慈愛にあふれている。家族や仲間、故郷、さまざまな縁から、その音楽は紡ぎだされる。

家族や仲間、故郷、自然…

慈しみすべて

−子どものころから音楽は身近にありましたか?

 常にあるもの。家に帰ると、母親がギターを弾きながら曲を作っていて、それを隣の部屋で聴いてた。キャロル・キングの曲を一緒に歌ったりして、ハモり方も自然と教えてもらった。

 ピアノは幼稚園から小学6年まで習っていた。当時は音符が読めなくて、先生が弾いた音を耳で覚えて再現。「譜面通りじゃなくて自分の感覚で弾いている」と、先生によく怒られました。次に始めたギターも好きな曲を弾きながら覚えた。小さいころから音楽が周りにあって、音感を学ばせてもらった。両親や姉の影響で、ジャズから童謡、雅楽、民族音楽まで幅広く聴きます。

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−音楽の道を本格的に志したきっかけは。

 高校時代、バンドを組んでライブ活動を始めた。卒業後は音楽イベントの会社をやっていた父親の友人が営む「もっきりや」(金沢市内の老舗ライブ喫茶)でバイトしたり、市内のホテルでジャズを歌ったり。

 最初は舞台に上がるのがすごく嫌で、でも誘ってもらえるのがうれしくて、人とつながっていける感覚が楽しくて、背伸びしながらやってきた。当時からCDを作ろうという話は何回も出ていたけど、腰が重くて行動していなかった。自分で曲を作ることもなく、カバーばかりしていた。

 23、24歳の時に東京へ。1年半ぐらいして父親の体調が悪くなり、金沢に帰ってきた。がんだったんです。父親は本当に仕事が好きで、亡くなる2週間前まで働いてた。

 ほとんど声が出なかった亡くなる直前、私のためにCD発売のライブ会場を2011年12月に押さえていた。私、それを知らなくて。

 父親が亡くなったのが10月。葬式などで慌ただしく過ごした後に知って、絶対、CDを作ろうと。制作期間は1カ月ほどしかない。仕事しながら、ライブの集客もチケット作りも自分でしなきゃいけない。悲しんでいる暇はなかった。

 父親は指図しない人だったけど、「自分の歌詞、自分のメロディーで歌った方がいい」という思いは伝わっていた。晩年は石川県白山市の木滑で里山を守る仕事をしたり、伝統文化を残したいという思いも強い人だった。私も後世に残していくものを曲で伝えようと。

−そしてミニアルバム「ninigi」(ニニギ)が生まれた。

 ニニギは古事記に出てくる農業の神様、ニニギノミコトから取りました。歌詞を書くとき、仕事などの時間を縫って木滑に行って、畑の真ん中とかでずーっと1人で座っていた。神頼みなんですけど、(歌詞は)全然降りてこなくて。レコーディングの日は決まっていて、その日の朝、起きたら、とりつかれたみたいに歌詞が書けて、スタジオに向かう車の中でまとめました。

 ずっと背伸びしてやってきたのが、このアルバムを出して少し肩の荷が下り、地に足を着けて、歌えるようになった。人前に出るのが嫌じゃなくなり、しゃべるように歌いたいとか、やりたいことが増えました。

 ninigiを聴いた東京のプロデューサーが一緒に仕事をしたいと声を掛けてくれ、音楽レーベル「穆(ぼく)」を設立した。穆は、ほの暗い中に一筋の光があり、そこを照らしてくれる。静寂の中にある光とのイメージです。

「余白」

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−今年7月発売のアルバム「余白」につながった。作品に込めた思いは。

 何でもない時間はあった方がいい。楽しい、つらいとかも、余白の時間があるから感じられると思う。そんなときに聴いてもらえたら。

 数年前のデモテープを聴くと、歌声が変化していて面白い。癖が出てきたりとか。昔は表現に何かを付け加えたいと思っていたけど、今はどんどんシンプルに、そぎ落とせていったらいいなと。暮らしも、都会より、シンプルな地方が今は好き。

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−東京から金沢に戻り、音楽活動の変化はありましたか?

 金沢の友だちはミュージシャンより、陶芸やガラスなどの作家さんの方が多い。「つくる人」がすごい好きで、聴いている音楽も、使っている器も、食材も、住んでいる家も、仲間や知り合いが作ったものが多いです。影響を受けていますね。顔が見える関係だと、味わいも、使う気持ちも違ってくる。

 音楽は衣食住と同じ、自然にあるものです。歌っていないと大切な人にも出会わなかったと思うし、人とつながっていけることが楽しい。私の歌を聴きたいなと、金沢に足を運ぶ人を増やしていけたら。

 聞き手・押川恵理子

 こすぎ・なお 1984年金沢市生まれ。山下達郎さんらが楽曲をプロデュースしたバンド「マザー・グース」のメンバーだった母親らの影響で幼いころから歌や楽器に親しみ、中学の終わりごろからバンド活動を始める。高校卒業後は「もっきりや」で働きながら、市内でジャズなどを歌う。2011年12月にミニアルバム「ninigi」をリリース。14年7月、初のフルアルバム「余白」を発売し、石川県内外でライブを行う。「余白」は音楽面のプロデュースを金沢市出身のピアニスト、佐野観さんが手掛け、金沢を拠点に活動するギター奏者の石川征樹さんら音楽仲間が参加した。「余白」は金沢市彦三町のエブリデイ・レコード=(電)076(262)6362=などで販売されている。11月1日夜には金沢市東山のギャラリー椋(むく)でライブを開く

 

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