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震災発生 生き抜くために 記者が体験 72時間サバイバルキャンプ

 暖かな自宅で雨風をしのぎ、喉が渇けば水を飲む。災害は、そんな当たり前の生活を奪う。もしものときにはどう生き抜けばいいのか。防災月間の9月、男性記者(30)が東日本大震災の教訓を伝える試み「72時間サバイバルキャンプ」を大学生たちと体験した。

【10:00】駅構内で避難所となるキャンプ場の地図を探す学生たち。地図は結局、見つからなかった【中】通りがかった男性にキャンプ場があると思われる方向を聞くが分からないという【下】地図を持って駆けつけてくれた地元男性に笑顔を見せる学生たち。キャンプ場は徒歩で1時間も離れた場所にあった

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 9月上旬の朝、大阪府北部にある豊能(とよの)町の光風台駅に集まった関西大生の男女11人と記者に最初の課題が告げられた。「震災で電車は止まりました。避難所のスノーピーク箕面(みのお)キャンプフィールドに自力で来てください」

 情報はキャンプ場の名前だけ。震災時だから、携帯電話は使えない設定だ。駅は無人駅で、使えそうな地図もない。

 通りがかった地元の男性(76)にキャンプ場がありそうな方角だけ聞き、当てもなく歩きだした。実はキャンプ場は隣の大阪府箕面市にあり、徒歩で1時間以上かかる。聞き込みでも、正確な場所は分からなかった。

 出発から1時間。駅で会った男性が地図を持って追い掛けてきた。「不確かなまま教えて、気になったから」。弱音も出ていた学生の表情が、明るく一変した。「人って温かいな」。災害時に助け合う大切さを実感し、足取りは弾んだ。

テント設営に苦戦

 2時間でキャンプ場に到着。キャンプネームを決め、本格的なサバイバルがスタートした。与えられた課題は、ブルーシート4枚と長さ1.7メートルほどの支柱4本でテントを2張り作ること。事前にロープの結び方は教わったが、設計図もコーチの助言もない。

 作り始めて2時間。ブルーシートの屋根はできたが、地面とのすき間が大きく、雨も風も防げない。日は傾き、寒さが忍び寄る。

 屋根の角度ばかり考え、行き詰まっていた4年生らに、3年生のこんちゃん(22)が遠慮がちに提案した。「支柱のロープの結び目を下げられませんか」。このひと言が行き詰まりを打開。山折りのブルーシートを置いただけのトンネル形で風は吹き抜けるが、テントらしき形になった。

 こんちゃんは、このアイデアを30分前にもさりげなく口にし、聞き流されていた。「初めからもっと詳しく話せばよかった。作業を計画的に進める大切さにも気づけた」と反省した。

【16:00】ブルーシートでテント作りに挑む学生たち。屋根と地面に大きなすき間があり、風が吹き抜ける【19:00】テントが完成するころには、日は沈みきっていた【20:30】1時間余かかってついた火を囲む学生たち。凍える暗闇に浮かんだ表情は安どで満ちていた

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“料理長”腕ふるう

 2日目、救援物資としてパスタや米、野菜などが到着。料理班と火おこし班、住居班に分かれ、快適な生活の実現を目指した。

 この日、こんちゃんは料理班に入り、反省を生かした。それまでの食事は非常食だけ。待望の食材を最大限に活用するため、作れる料理を紙に書き出し、献立や調理の手順も事前に決めようと提案。他の班員3人も活発に意見し、スパゲティにカレー、みそ汁と多彩なメニューが完成。いつの間にかこんちゃんは、料理長と呼ばれていた。

 他の学生の動きも、めきめきと改善した。初日に1時間20分かかった火おこしの時間は数分に短縮。テントも風よけを工夫し、暖かさを保てる姿に変身した。

 キャンプを主催する一般社団法人72時間サバイバル教育協会(大阪府)の高井啓大郎事務局長(39)は「災害の種類や場所で状況は全然違う。キャンプでは被災を疑似体験し、柔軟な発想や応用力を磨いてほしい」と狙いを語る。

【左】非常食の缶入りパンで乾杯する学生たち【18:00】風よけのマットを取り付け、広く改良したテントでくつろぐ

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前向きだったから

 3日目、片付けを終えた学生たちに炊き出しとして豚汁が振る舞われた。肉を食べるのは、このキャンプでは初めてだ。「つらくても、みんな前向きだったから乗り越えられた」「もう1回、何も知らん状態からやりたい」。濃密な3日間を口々に振り返る学生たちは、充実感に輝いていた。

72時間サバイバルキャンプをやり遂げ、改良型テントの前で笑顔を見せる学生たち

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「火あれば」心の支え

南三陸で被災 元教頭語る

 「人間は火を見つめるだけで勇気づけられる。火がなかったら大変だった」。2011年3月11日、津波にのまれた宮城県南三陸町の戸倉小学校の教頭だった佐々木啓悦(けいえつ)さん(53)は火の大切さを痛感した。

 3年生以上の91人と逃げた高台には古びた神社しかなく、雪も時折降っていた。地域の人も避難し、総勢150人。社殿はお年寄りや幼児に譲り、小学生は外で一夜を明かした。

 杉林で燃えやすい葉を調達。地域の人が津波で流された家の残骸を集め、乾かしながらまきにした。火を囲んで語り合い、子どもたちの歌も響く。火は、避難者たちの心を支えた。

 佐々木さんはその年の4月から赴任した松島自然の家(同県東松島市)で防災キャンプのプログラムを作り、火おこしを盛り込んだ。「火を保つ方法は、自然の中で学ばないと身に付かない」と感じている。

 宮城県社会福祉協議会の担当者は水の重要性を指摘する。水不足時には歯磨きやうがいを我慢しがちだが、口内の雑菌は肺炎などの病気の原因になった。洗い物の水を節約するため食器にラップを巻いて使ったりしたという。

【ロープのほつれ防止術】合成繊維のロープは、端をあぶるとほつれを防げる。綿のロープは、ビニールテープを巻けばOK【火おこし】石でかまを作り、細かい木くずや葉を敷く。油分の多いスギの葉が最適。ワセリンなどがあれば、塗ると火が消えにくい。葉の上に細い枝を置く。火は敷いた葉につけ、のせる木を徐々に太くして火を大きくする【空き缶ご飯】空き缶を鍋代わりにした即席飯ごう。多めに水を張り、アルミはくでふたをする。水加減は練習が必要だ【てるてる坊主式のロープ術】てるてる坊主のようにブルーシートに小石を包んで根元をロープで結べば、シートの真ん中にもロープをつなげられる

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テントの改良を手伝いくいを打つ福岡記者

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3日間 記者の体験

寒さで目覚め、被災地思う

 食事も水分補給も制限され、満足な寝床もない体験は、被災地への思いをいっそう強くさせた。

 初日、キャンプ場で渡されたのは、アルファ化米1食分とパン入りの缶詰一つだけ。水道の水は沸騰させないと飲むことができない。火おこしにも手間取り、夕食にありつけたのは午後10時近かった。

 その夜、記者はトンネル形テントの端で寝た。寝袋に入っているのに夜風は容赦なく体温を奪い、体の芯まで冷たい。深夜に寒さで何度も目を覚ました。

 寝転んだまま、暗い紫色の空を見つめ、東日本大震災の被災者に思いをはせた。雪の残る3月に突然、野宿を強いられた心境はどれほどつらかっただろう。

 早朝、空が白み始めた瞬間は、うれしさが込み上げた。山の端から差し込んだ日光は、人生で一番暖かかった。普通の日常を送れるありがたさが身に染みた。

 担当・福岡範行

 

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