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読む楽しさ伝えたい 本作り五感で勝負

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 東京・自由が丘と京都市に拠点を置く出版社「ミシマ社」。7人の小所帯で人文、スポーツ、仕事論、料理、絵本、自己啓発など幅広い本を世に送る。「一冊入魂」。全国の書店に直接売り込み、絶版はしない。代表で編集者の三島邦弘さん(38)は五感を研ぎ澄まし、本作りに挑む。市場原理や数字、効率に左右されがちな社会で、人間本来の感覚を磨きながら働く。

編集を通じて世界広げたい。

−本作りは共感から?

 僕の共感だけでは、こんなに幅広いジャンルの意味分からない本とか出てないと思います。僕が作りたい本を作っていると、よく誤解されるけど。僕も知らなかった世界を、編集を通して知っていきたい。僕は毎回、本1冊作るごとに、まっさら、素人状態になって「世の中こんな面白いことあるんや。先生、もっと教えてください」という状況に自分を持っていくことに気を付けている。技術のある素人でありたい。

 うちは、パソコンとスマホをできるだけ使わないよう言ってます。職業の勘を鈍らせる気がして。ゲラを赤ペンで読んでいると、原稿から小見出しが浮かんでくる。こんな一文を加えた方がいいとか。手書きの方が100倍ぐらいアイデアが浮かぶ。紙とペンは体の一部になっていて、勘と直結している道具。料理人の包丁って、そうですよね。ちょっと包丁の入りがおかしい、今日のネタはこうした方がいいとか教えてくれる。

 去年、子どもが生まれて、1歳になる前から歩き始めて、階段や段差の前でパッと止まるんです。できないことにどんどん挑戦して尻もちつくし、傷だらけやけど、この一歩は危ないというところでちゃんと制御が利くんだなと。計画と無計画の間、危険ゾーンのぎりぎりまで自分を解き放つことで、行動範囲も広がるし、感性も磨かれる。

 僕も含め大人の方が1回痛い思いをすると、自分の感覚で突っ走ろうとしなくなる。恐れが先にたつので。大人になるにつれ知識や知恵がつく代わりに、生まれた時から備わっている感覚を失うとしたら、本末転倒。両輪になってこそ本当の学び。学校の教育でも、社会人になってからも、息苦しさを覚えながら生きてきたので、ミシマ社ではそこを解き放ってやろうと。会社レベルで「Don’t think, feel」です。

「会社員化」に危機感じ退職。

−幼いころから本好きでしたか。

 プロレスが好きだったり、野球ばっかりやっていたり、サッカーとか、体を動かすことが好きでした。夏休みは海に行ったり。母の実家がある石川県小松市の安宅あたりです。本も暇さえあれば読んでいた。

 学生時代は就職する気がなく過ごしていて、でも新卒重視の社会なので1回経験しとこうと、会社回りを始めたら、どこも話が合わなくて、金融、広告、商社は百パーセント無理やなと。自分がいいと思える物をつくっている会社なら営業職でもやれると思い、メーカーと出版社に絞り、たまたま早い段階で出版社に決まった。そこで糸井重里さん、スポーツジャーナリストの二宮清純さん、言語学者の鈴木孝夫先生らの本を作りました。どんどん面白くなって丸4年働いた。

 2003年5月末に辞めました。理由は複合的で、一つは、自分の感覚がどんどん「会社員化」しているという危機感。入社1、2カ月目、給料が振り込まれた時に喜びと恐怖を感じました。父が自営業やったし、資金繰りのしんどさや仕事を回す大変さを感じていたと思うんです。毎月、安定的にお金が入る状況に慣れてしまうと、野性的な感覚が失われるなと。それを取り戻すため旅に出ました。東欧を中心に数カ月。

−感覚を取り戻すとは。

 見知らぬ土地ですから、言葉も通じないと、五感を頼りにするしかない。できるだけ情報を調べずに行き、ガイド本も持たない。頭でっかちになるから。仮に何千年という歴史の街であっても、降り立った瞬間、最先端の街と僕が感じたら、そうなんです。都市は多面的。一つの見方しかできなかったら悲しい。

デザイナー、スタッフと打ち合わせ=京都市で

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ものづくりは命を生むこと。

−旅から帰国後、別の出版社に3年勤めてからミシマ社を創業。

 ものづくりは一つの命を生みだしていると思っている。目に見えない部分の感覚が分からない人とは話が通じない。2社目の出版社では経営幹部が現場介入し、編集で入った人がどんどん辞めていった。自分たちの命がもぎとられる感じです。今、メディアと名乗っている組織でも、実際のメディアは少ないと思う。二度と、ものづくりの感覚を持っていない人たちに介入させてはいけない。ミシマ社は自主独立、自分たちのお金でやっている。ここが肝だと思っています。

ロボット化の時代に抵抗を。

−本は生きもの。その熱量をどう読者に届ける?

 思いや熱とかは自分が受け取っていないと、疑似的につくれない。まっさらな状態で自分がポンと受け取ったものを詰め込む。100年、200年、300年後の読者も見ていく。1000人の読者が毎年いたら100年で10万部です。みんな3カ月で10万部とか言うけど、これから出版が目指すべきことはそうじゃない。

 マーケティングに頼る本作りはしません。時代の状況的に何でも「ロボット化」が進んでいるけど、そっちで闘っちゃだめ。人間は、人間が持っている力をもっと追求していくべきだと思っている。どの分野でも、まだまだ可能性がある。

 聞き手・押川恵理子

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対立より同化 合気道に学ぶ

 社員が増え、会社をどう回していくか悩んでいた2009年2月、多田宏さんが師範を務める自由が丘の道場に入門する。仏教の禅は座禅や瞑想(めいそう)を通して自我をなくし、自然と一つになっていく。合気道は「動く禅」。対象と対立するのではなく、同化するという教えを仕事に取り入れ、社員と一つになって働くことを心掛けている。「多田先生は強さを競っている段階では武道家として二流、三流と説く。数字や競争に流されない。それを出版の世界でやっていきたい」と三島さん。現在は思想家・内田樹さんの「凱風館」(神戸市)や京都市の道場に通っている。最近は2週間に1回、時間があれば週2、3回汗を流す。

ウェブ雑誌「みんなのミシマガジン」の紙版。ここから「22世紀を生きる」シリーズが生まれた

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面白さ宅配 サポーター制度

 出版業界では数社の取次会社が書籍を仕入れ、全国の書店に配る。効率的な半面、希望の注文数が書店に届かなかったり、入荷が遅かったりするほか、委託販売のため返品率が4割近いという課題もある。構造的な問題を解決しようとミシマ社は全国の書店と直接取引している。

 内田樹さんの「街場の中国論」「街場の教育論」はじめ、絵本「はやくはやくっていわないで」(作・益田ミリ、絵・平澤一平)、「小商いのすすめ」(平川克美著)、「ボクは坊さん。」(白川密成著)など幅広いテーマの書籍を出版。刊行数は現在54点。

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 読み物や社員のコラムを載せているウェブ雑誌「みんなのミシマガジン」は2013年からサポーター制度を始め、登録した300人以上のサポーターに紙版(非売品)を毎月送っている。表紙のデザインや印刷方法は毎回新たな趣向を凝らす。今秋から100ページ読み切りの「ミシマガブックス」も出版していく。通常より短めの本に面白さを凝縮。読み切る快感を知ってもらい、これまで本好きでなかった人にも読んでもらいたいと願う。

 みしま・くにひろ 1975年京都市生まれ、99年京都大文学部卒業。出版社2社で単行本の編集を経験後、「原点回帰の出版」「一冊入魂」を掲げて2006年10月、東京・自由が丘で株式会社ミシマ社を1人で設立。11年の東日本大震災後、京都府城陽市にも拠点を置く。そのオフィスを13年4月から京都市に移し、同年秋に自身も家族と市内に引っ越す。自著に、創業から5年間のエピソードをつづった「計画と無計画のあいだ」(河出書房新社)。両親は石川県小松市在住。

 

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