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ネットですくう命 自殺予防へ検索連動広告

インターネットを活用した自殺予防に取り組む伊藤次郎さん=埼玉県所沢市で

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 日本で20〜30代の若者の命が最も多く失われているのは事故でも病気でもない。自殺だ。この年代だけで毎年、6000人以上が自ら命を絶つという深刻な事態がもう16年も続いている。そんな中、インターネット上の広告を活用して相談を受け、自殺を防ごうとしている若者がいる。生きることに絶望した人を支える、「世界初」の取り組みだ。(担当・日下部弘太)

メール相談 共感つづる

 件名に「死にたい」、本文は「助けて」だけ。こんなメールが昨年から、埼玉県所沢市の精神保健福祉士、伊藤次郎さん(29)に何通も届いた。かすかな、しかし深い絶望の叫びが、支援の手掛かりになる。

 インターネットの検索サイトで特定の言葉を検索すると出る「リスティング広告」を使った自殺予防。グーグルで「自殺方法」「死にたい」などを検索すると、特設サイトの広告が出て、伊藤さんにメールを送れる。「夜回り2.0」と名付け、昨年7月に始めた。それまでの仕事をやめ、無収入で専念してきた。

 メールを受け取るとまず、相手の抱えるつらさへの共感をつづる。そして、「一緒に考えましょう」と呼び掛け、健康状態や自殺の意図について尋ねていく。危険性が高く、精神科などに通ってもいない人を主な対象に、医療や福祉につなぐのが目標だ。

 年明けまでに185人からメールがあった。大半は自殺をほのめかしていた。かかった広告費は2万円ほど。1人あたり百数十円というコストで、リスクの高い人の相談を呼び起こせたことになる。

 その後も連絡が取れた100人以上を継続的に支える。平均年齢は23.8歳と若く、8割は女性。メールのやりとりを通じて医療機関を受診したり、気分が改善した人が2割〜2割半いた。

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 活動の原点は、かつての苦しい体験。高校3年から大学生にかけて、自分でも原因が分からないまま、死にたいと悩んでいた。自殺の方法をインターネットで調べたことも。大学を出るまで、誰にも打ち明けられなかった。

 卒業後、うつ病者の復職支援などを手掛け、コンサルタント業に転じた。昨年、若者の自殺が増えているとの報道に接し、昔の自分が重なった。パソコンや携帯電話で独り、「死にたい」「助けて」と検索している姿を想像すると胸がふさがった。「つらい気持ちのあて先をつくらないと」。決意すると同時に、広告の手法が思い浮かんだ。

 市民団体「OVA」(オーヴァ)を設立。自殺を減らすことに、生涯をかけるつもりだ。

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 リスティング広告を使った自殺予防の取り組みは他にもあるものの、支援機関の連絡先の提供にとどまり、直接メールを受ける活動は例がなかった。「リスクしかないですからね」

 支援者としては、面接や電話の方が相手の状態がわかりやすく、対応しやすい。だから最初は「スカイプで話しませんか」などと持ち掛けたが、断られることが多かった。相談者にとってはメールの方が抵抗感が少なく、返事に時間をかけられるメリットもあり、メール相談を中心にしている。

運営難問「貯金尽きる」

 運営は難問を抱える。まずはお金の問題。「そろそろ貯金が尽きる」。当面は不特定多数の人に資金提供を募るクラウドファンディングを使ってしのぎ、いずれ寄付でまかなう仕組みをつくるつもりだ。

 相談に対応する態勢も不十分。1人でやっているため、現在の相談者で手いっぱい。やむを得ず広告の掲示を中断し、新規の受け付けはしていない。ニーズはあると確信しているだけに、人手が足りないのがもどかしい。

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20代死因の半数占める

 全国の自殺者は1998年に全年代で急増して3万人を超えた。人口10万人あたりの自殺死亡者数を示す自殺率は、その後60代以上では減り、40〜50代も2004年以降は減ったが、20〜30代は00年代を通じて増加傾向が続いた。

 20〜30代の死因のトップは自殺で、特に20代では半数近くを占める。先進7カ国で15〜34歳の死因の1位が自殺なのは日本だけだ。

 年代別、県別の情報がある02年以降の統計を基に、石川と富山の20〜30代の自殺に関するデータを調べた=グラフ参照。

 年によってばらつきはあるものの、富山県の自殺率は20代、30代とも全国より高い傾向。特に20代は09年、30代は08年に急上昇した。県の担当者は「母数が少なく、亡くなった方の個々の要因が強いのでは。分析はしていない」と話す。

 石川県は、20代は年ごとの差が大きいが、全体ではほぼ全国と同じ水準。30代は全国よりもおおむね低いといえそうだ。

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世界初の試み「効果の検証必要」

臨床心理学者・末木新さん

 夜回り2.0には、伊藤さんと同年代で和光大講師の臨床心理学者、末木新さん(30)が協力している。活動に期待をかけつつ、「効果の科学的な検証が必要だ」と話す。

 末木さんは、インターネット上の自助グループや自殺系の掲示板が予防に役立つかを調べてきた。これまでのところ、「利用者の心理状態はそれほど良くならず、悪くなることもあるかもしれない」と、やや否定的な結果が出ているという。

 「ネットだけで相談していても限界がある」。そう思っていたとき、夜回り2.0を知った。「自殺予防で、広告から介入するのは世界的にも例がなかった」と末木さん。メールのやりとりだけで、1割ほどの人を医療機関の受診に導けた点に特に注目する。毎月伊藤さんと検討会を開き、難しいケースの対応を一緒に考えている。

 一方で、研究者としては「夜回り2.0が良いか悪いか、実は分からない」と慎重な見方を崩さない。というのも、「これをやった人しかデータがない。例えば、気分の改善は夜回り2.0に出合わなくても起きるかもしれない」。効果を確かめるには、大規模な調査が必要だと考えている。

 予防活動という面では、男性からの相談が少ないことを課題に挙げる。自殺者の多くは男性。「自殺予防全般に言えるが、男性の相談を掘り起こすことが難しい」。伊藤さんとともに、模索を続ける。

 夜回り2.0 「夜回り先生」として知られる水谷修さんを尊敬している伊藤さんが、インターネット上の自殺防止活動を始めるにあたり考えた。夜回りの「バージョン2.0」という意味。

 OVA 「卵」を意味するラテン語。傷つきやすい人間ひとりひとりに寄り添う思いを込めた。作家村上春樹さんのエルサレム賞受賞スピーチから着想した。

 

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