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popress【Attention!】注目のトレンドから地元の話題まで
 

活版に恋して 30代女子 金沢・東山に工房

活版印刷を始めた松永さん=金沢市東山で

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 鉛で作られた活字を1文字ずつ置き、組み合わせた版をインキで紙に写していく活版印刷。スピードとコストを重視する時代の流れを受け廃れつつあったが、最近、若者を中心に良さが見直されている。独特のへこみや1枚ずつ異なる刷りの風合いが味わい深いと人気。好きが高じて印刷所を始めたツワモノもいる。古くて新しい活版の魅力を探った。(担当・押川恵理子)

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 金沢市東山の一角。芸妓(げいぎ)が三味線や唄をけいこする検番の裏、町家が連なる通りに木造の共同工房がある。入り口からのぞくと、奥の壁一面を活字が埋めている。

 部首やサイズごとに整然と棚に納められた活字。花型活字やオーナメントと呼ばれる図案もある。「何個あるのか…。多くて分かりません」と苦笑する松永紗耶加(さやか)さん(30)=滋賀県守山市出身=は、ここで2012年末から活版印刷を始めた。

 「古本を読んでいると、ごくたまに字がひっくり返っている。印刷の失敗だけど、それも活版の味わい。時代に取り残されたものが好きなんです」

自分が継ぎたい

 京都造形芸術大(京都市)で空間デザインを学び、5年前、好きなまちの金沢に移り住んだ。転機は11年秋。活版で紙に1字ずつ詩をつづる作品をつくるため、富山県小矢部市の高橋昭さん(84)が営む印刷所に頼んだ。12年春、再び連絡し、後継者がいないため、活版はやめると聞かされた。

 80年以上使われてきた活字が溶かされ、金属として売られてしまう。自分が継ぎたい。後日、「譲ってください」とお願いした。

 「最初は冗談かと思った」と高橋さん。日本語は文字の種類が多く、縦書きも横書きもあるため、活版の技術習得には5、6年はかかる。何度か会ううち、松永さんの真剣さが伝わってきた。「厳しく教えても、ついてきた。和紙を中心に芸術的な活版も教えていきたい」と期待する。

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製版は一日仕事

 名刺の印刷から始めた松永さん。字の配置や字体などのデザインは依頼者の好みを聞いて考える。デザインが決まれば、使う活字を棚からピンセットで抜き出して「文選箱」に集める。活字を「ゲラ」の中に配置し、字と字の隙間は鉛製の「詰め物」で埋める。版が組み上がると、ジャッキで締めて固定する。

 少しでも隙間があると、版は崩れてしまう。慣れない製版は一日仕事。それから手動の印刷機「手フート」で1枚ずつ刷っていく。へこみやインキの乗り具合を確認しながら。

「若者に響く」実感

 松永さんに名刺を依頼した金沢美術工芸大2年の堀場絵吏さん(21)は「活版は光と影があり、立体的で美しい。丁寧に刷る所作もすてき」と魅力を語る。金沢市竪町のバー「葡萄夜(ぶどうや)」店主、山岡希望(のぞみ)さん(32)も「デザインはシンプルにし、字の配置に凝ることで活版の良さが際だった」と、仕上がりに満足している。

 活版に興味を持つ若者は増えている。松永さんは実感しているが、印刷業者からは「廃れる活版を今更なぜ始めるのか」と心配された。「残念なすれ違い。自分が活版と若者を結んでいきたい」

 ガッタン、ガッタン−。松永さんは思いを込め、手フートを動かし続ける。

(左)パソコンでデザインした文字や図案を写した金属や樹脂板(右)樹脂板などを使って印刷した結婚式の招待状=いずれも小松市高堂町で

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質感、デザイン

自在の樹脂板

 淡いピンクで彩られた花、愛らしいゾウの親子−。パソコンの画面で自由にデザインした通りに再現できる新しいタイプの印刷も注目を集めている。

 活版ではなく、図案や文字を金属や樹脂板に写して製版する方法で欧米から人気に火が付いた。小松市の「カーサブルー」(アサヒデザイン印刷)は5年前から導入。注文は結婚式の招待状が中心で、当初は2カ月に1件程度だったが、今は毎月6、7件まで増えた。

 代表の田中学さん(47)は「今も試行錯誤で、これ以上の注文は手が回らない。印刷の奥深さが分かってきた。昔ながらの活版職人さんは本当にすごい。尊敬します」と話す。

 価格は、版を転写して刷る方式で現在主流のオフセット印刷の1.5〜3倍に上るが、「一生の記念に」と質感やデザインを追求する客が多い。へこみの強弱や色の濃淡、手触りは好みに合わせて仕上げ、押し花や飾り縫いをあしらうことも。手間をかける分、夜なべもしばしばだが、招待状を手にした笑顔の新郎新婦の写真や感謝の手紙が届くことが、大きな喜びだ。

 田中さんは「未来が不透明な時代だから、人のにおいや感触が伝わる手仕事が見直されている」と感じている。

 活版印刷 15世紀にドイツのグーテンベルクが発明した技術が原型で、日本には幕末に伝わった。新聞や雑誌、本など大半の印刷物に使われてきたが、1970年代から製版のデジタル化が進んだ影響などで、オフセット印刷に取って代わられた。

 ※次回は30日付Human Recipe。福井県鯖江市から世界一を目指すIT企業社長の福野泰介さんが登場します。

 

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