トップ > 北陸中日新聞から > 北陸発 > 記事

ここから本文

北陸発

輪島さん温かい思い出 元付け人 金沢でちゃんこ鍋

元横綱輪島大士さんから贈られた一緒に走る写真パネルを前に思い出を語る元付け人の志岐和久さん=11日、金沢市片町の相撲茶屋玄海で

写真

「今の店、親方のおかげ」

 8日に死去した大相撲元横綱の輪島大士(ひろし)さん=本名輪島博、石川県七尾市出身=との縁で、金沢市片町でちゃんこ鍋店「相撲茶屋 玄海」を経営する元十両の志岐和久さん(58)は、その早すぎた死を悼む。「輪」をもらい、「輪鵬(りんほう)」というしこ名を付けていたこともある。「楽しい思い出ばかり。ゆっくりお休みください」(村松秀規)

 店の入り口に大きな写真が飾られている。一九七七年の大阪場所で訪れた神社で、輪島さんと入門して間もない志岐さんが一緒に走る姿を撮ったものだ。店を訪ねてくれた輪島さんに、「何かくれませんか」と頼んだら送ってくれた。「一緒に走ったときのことは鮮明に覚えている」

 志岐さんは福岡県大川市出身で、柔道の選手として活躍した。複数の相撲部屋から誘われ、高校を中退して花籠部屋に入門し、輪島さんの付け人になった。風呂で背中を流すのも務めで「筋肉のついた広い背中だった」と懐かしむ。

 よく稽古を付けてもらった。当時、輪島さんは一二〇キロほど。志岐さんは二〇〇キロあったが、「押せ」と言われても押せなかった。「輪島さんは下半身をじっくり鍛えていたから、細くても安定感が違った」

 輪島さんは八一年に引退して花籠部屋の親方に。八二年の夏場所の番付発表では驚かされた。何も知らされないまま、「玄海鵬」から「輪鵬」に変えられていた。「輪」が付くしこ名をもらったのは二人だけだ。

 親方として親身になってくれた。十両に昇進し、紋付きはかまなどを用意する必要があったとき、輪島さんは「全部やってやる。おまえはとにかく稽古を頑張れ」と言ってくれた。

 弟子をバーベキューや海水浴などによく誘うなど、「皆を平等にかわいがる男らしい人だった」と志岐さん。「演歌歌手の千昌夫さんと一緒に酔って帰ってきて、寝ていたのに起こされたこともあった」と笑う。

 引退後、金沢で店を出したのは、輪島さんとの合宿で何度も訪れた地だったから。花籠部屋の鍋をベースにしたちゃんこ鍋を提供する。「横綱がいたから差し入れもおいしい食材ばかりでした。だから店でも食材にこだわっている」

 志岐さんは訃報を聞き、たくさんの思い出を回想した。「下咽頭がんは苦しかったでしょう。しゃべるのがすきな人ですから。今、店をやれているのも親方のおかげです、と伝えたい」

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索