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「おりん」伝承 謎に迫る 前田利常生母「寿福院」 志賀・徳田の娘?

「おりん伝承は真実と言わざるを得ない」と著作を示す平野由朗さん=石川県志賀町舘開で

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 加賀藩の歴史を巡り、石川県志賀町徳田地区に「おりん」伝承が残る。いわく、藩祖前田利家の側室で、3代藩主利常の生母寿福院はおりん−。地区に隣接する同町舘開の元高校長平野由朗さん(71)が、史料や記録を集め「伝承は真実」として著作にまとめた。(小塚泉)

元高校長 史料まとめ著作

 自費出版した本は「寿福院 徳田のおりん伝承 加賀藩前田利常公生母」。

 地元の言い伝えでは、おりんは徳田地区の生まれ。利家が能登巡見で徳田の肝煎(い)り紙屋次郎兵衛宅に滞在した折、美声で田の草を取っていた娘が目に留まり、召し出されたと伝わる。後に利家の正室まつの侍女として「千代」の二字を与えられたとも。おりんが世話をしたとされる跡地には、「土田の歴史を学ぶ会」が案内板を立てている。

 平野さんは、物心ついたころから古老におりん伝説を聞かされ、「明治の初めごろ生まれた古老が、一つ間違えば首をはねられかねない話を何の遠慮もなく話していた」点に、「単なる伝説とは思えない」と調べを進めた。

 加賀藩史料などによると、寿福院は越前の武士の娘とされるが、同県羽咋市の妙成寺を菩提(ぼだい)寺に選んでいる。武士の親類縁者は金沢や越前にしかないため、「なぜ妙成寺か疑問が残る」と指摘。利家の側室五人のうち他の四人が、ゆかりの地を菩提寺に選んでいることも挙げ「武士の娘とするには難点が多い」という。

 徳田地区に三百年以上前から伝わる盆踊り歌の歌詞にも着目した。「徳田千石ニカ(もみ殻)でも納め、かわいおりんの里じゃもの」と、おりんのおかげで年貢が低く、俵にもみ殻を入れても許されたと歌うことから、「目に見えない優遇策があったのではないか」と推察する。

 盆踊り保存会の会長を務めた沢田芳男さん(81)や青年団長だった石田正弘さん(80)は「文章に残った証拠はないが、昔から聞いてきた」と振り返る。地区の紋は梅鉢紋でもあり、区長会長の稲岡保男さん(69)は「おりんの里として盛り上げていきたい」と話す。

 加能地域史研究会代表委員の木越祐馨さん(62)=石川県輪島市門前町=は平野さんの著書を「おりん伝承を丹念に集めてまとめられたことは大変な成果」と評する。平野さんは「反論もあると思うが、新たに分かったところがあれば付け加えて改訂版を出したい」と話している。

 

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