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平成の成政 カッコいい カードゲーム、武将隊 残忍イメージ脱却

秀吉への闘志を刀を抜いて前を見据えたポーズで表現した「成政カード」=(C)SEGA「戦国大戦」より、イラストレーター「碧風羽」/セガホールディングス提供

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 厳冬の北アルプスを越えたとする「さらさら越え」の伝承がある戦国時代の富山城主・佐々(さっさ)成政のイメージが近年は少し変わってきている。かつては側室を虐殺する残忍な面が強調されてきたが、戦国時代をテーマにしたカードゲームで美男子として描かれたり、観光PRの武将隊で正義感あふれる人物として演じられたりしている。

 残忍とされたのは、側室の早百合が不義密通をしたと疑って切り殺し、早百合の一族十数人も打ち首にしたとの逸話からだ。早百合が怨念で咲かせた黒ユリを秀吉の正室・北政所に献上し、不興を買ったからとも伝わる。逸話は、江戸期に出版された秀吉の伝記「絵本太閤記」などで紹介され、明治期には、早百合の恨みで成政が滅ぶ筋書きの歌舞伎狂言が演じられた。

 これに対し、成政をクールな美男子として描くのは「セガホールディングス」(東京都)の子会社が二〇一〇年、全国のゲームセンターで始めた武将カードで合戦を体験するゲーム「戦国大戦」。カードに描かれたよろい姿の成政は口に白ユリをくわえ、抜きかけた刀の柄に手を掛けて見えを切る。同社広報部の担当者は「秀吉にあくまで抗(あらが)うという闘志や覚悟を表現した。白ユリにしたのは、敗者であるゆえにおとしめられている部分もあると考えたから」と説明する。

(右)歌舞伎狂言「富山城雪解清水早百合部屋の場」を描いた明治期の浮世絵版画では、不義密通を疑って激怒し、早百合に切りかかる佐々成政が描かれている(左)成政の肖像画。資料名は「佐々陸奥守成政之像」(古川雪嶺模写)=いずれも富山市郷土博物館提供

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 イケメンの成政は今年六月、長野県大町市と富山市を結ぶ立山黒部アルペンルートにも登場。大町市などが主催した「佐々成政おもてなし武将隊」で劇団員が扮(ふん)した。観光客らに披露した演舞では、秀吉に対抗したのは「義」を貫くためとされ、早百合とは相思相愛ともした。負のイメージを排したのは「武将隊は、あくまで観光振興のために結成したから」と市観光課の担当者は話す。

 成政に詳しい富山市郷土博物館の萩原大輔・主任学芸員は「残忍さも格好良さも、マスメディアなどが創り出してきたイメージ。これとは別に、史料による地道な研究で成政の実像を探っていく必要がある」と話している。 (林啓太)

 さっさ・なりまさ 尾張国(愛知県)に生まれ(生年不詳)、織田信長の馬廻(親衛隊)として頭角を現し、富山城主に任じられた。信長の死後、天下取りを目指す羽柴秀吉への抗戦を呼び掛けるため、天正年間の1585年1月ごろに北アルプスを越え、浜松城主だった徳川家康を訪ねたと伝えられている。秀吉に屈服した後に隈本(熊本)城主に抜てきされたが、失政の責任を問われて88年に切腹させられた。

 

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