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金栄健介 ボタニカルアートの世界

【城下町金沢 花色もよう】 椿・白嶺

写真

 江戸寛永(一六二〇〜四〇年代)のころ、あいつぐ三冊の「百椿図」が発刊され、ツバキが花ブームの先がけとなった。

 金沢城藩士の武家屋敷には、観賞的な庭には大樹老木のある庭園を設け、その他に幾つかの花や果実の庭園があった。武家社会では、園芸は武士のたしなみとして庭園を造り、ツバキやその他の花木や果実を楽しんだ。こうして古くから茶の湯の盛んな金沢に、ツバキの名花が誕生した。

 絵の「白嶺」は金沢市内の民家で発見され、一九七〇年石川つばき同好会が命名した。白色一重の中輪。十月早咲きで、果実がまだ落ちずに残っていたのをスケッチできた。今月から石川のツバキを描き続ける。

 (金沢中日文化センター講師)

 

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