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ニュースDe討論

金沢・北陸学院中3年 沖縄と平和について考える

沖縄(おきなわ)と平和(へいわ)について話(はな)し合う北陸学院(ほくりくがくいん)中学校の生徒(せいと)たち((左)から甲斐(かい)さん、岡中(おかなか)さん、喜多西(きたにし)さん、伊藤(いとう)さん)=石川県金沢(けんかなざわ)市の北陸学院中学校で

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 新聞記事(きじ)について中学生が議論(ぎろん)を繰(く)り広げる「ニュースDe討論(とうろん)」。今回は石川県金沢(けんかなざわ)市の北陸学院(ほくりくがくいん)中学校三年の生徒(せいと)四人に「沖縄(おきなわ)と平和(へいわ)」について話(はな)し合ってもらいました。沖縄は今月十五日、本土復帰(ふっき)から四十五年を迎(むか)えたばかり。修学旅行(しゅうがくりょこう)で四月に訪(おとず)れた沖縄に、生徒たちは何を思ったのでしょうか。

今回の論点(ろんてん)

・太平洋戦争末期(たいへいようせんそうまっき)に沖縄(おきなわ)で起(お)きた戦争(せんそう)をどう思うか。

・現在(げんざい)、沖縄で揺(ゆ)れている飛行場移設問題(ひこうじょういせつもんだい)についてどう考えるか。

・沖縄の歴史(れきし)、さらに平和(へいわ)をどう語り継(つ)ぐか。

出席者

伊藤(いとう) 永遠(とわ)さん

喜多西(きたにし) 優好(まさよし)さん

岡中(おかなか) 杏珠(あんじゅ)さん

甲斐(かい) 太一朗(たいちろう)さん

2017年4月26日朝刊1面から一部

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歴史知り 伝えよう

 −みんなは修学旅行(しゅうがくりょこう)で沖縄戦(おきなわせん)の戦跡(せんせき)や資料館(しりょうかん)などを見てきたが、何を感(かん)じたか。 

 岡中(おかなか) 沖縄は美(うつく)しいサンゴの島(しま)で魅力(みりょく)ある観光(かんこう)地というイメージだった。だが、訪(おとず)れてみると七十二年前の太平洋戦争末期(たいへいようせんそうまっき)に戦場(せんじょう)となり大勢(おおぜい)の人が死んでいた。住民(じゅうみん)の話を聞いた。ガマ(自然洞窟(しぜんどうくつ))で避難民(ひなんみん)らが泣(な)きじゃくる赤ちゃんを「うるさい」と怒鳴(どな)って、敵兵のいる洞窟の外に親子を出したり、母親が手で口をふさいで殺(ころ)したりした。戦争で人々(ひとびと)は優(やさ)しさや冷静(れいせい)さもなくしてしまった。

 喜多西(きたにし) 平和(へいわ)の礎(いしじ)も訪れた。たくさんの戦没者(せんぼつしゃ)の名前が刻(きざ)まれていた。沖縄だけでなく、日本各地(かくち)の出身(しゅっしん)者、アメリカ以外(いがい)の外国人の名前も多くあった。短期間(たんきかん)に二十万人以上(いじょう)の兵士(へいし)、住民が亡くなった。

 伊藤(いとう) ひめゆり平和祈念(きねん)資料館が印象(いんしょう)に残(のこ)った。女性(じょせい)たちの写真(しゃしん)がたくさん飾(かざ)ってあったが、どの写真にも笑顔(えがお)はなかった。戦争は人々の笑顔を奪った。

 甲斐(かい) 同じ資料館で見たDVDの中で、ひめゆり学徒隊(がくとたい)の生き残りの女性が話をしていた。学徒隊(がくとたい)が負傷兵(ふしょうへい)の手当(てあて)をしたが、兵士は次々(つぎつぎ)と死(し)んでいく。最後(さいご)には若(わか)い学徒も殺されたり、自決(じけつ)したりして大勢亡くなった。僕らとそう年齢(ねんれい)が変(か)わらないのに。あまりにも残酷(ざんこく)だ。

基地はひとごとではない

 −米軍基地(べいぐんきち)も見てきたそうだね。

 甲斐 普天間飛行場(ふてんまひこうじょう)を見た。普天間は住宅街(じゅうたくがい)の真(ま)ん中にあり、上空(じょうくう)をヘリコプターが飛(と)び交(か)っていた。騒音(そうおん)がひどかったし、米兵(べいへい)が起(お)こす事件(じけん)・事故(じこ)も少(すく)なくないらしい。沖縄の人々は大変(たいへん)だ。

 伊藤 辺野古(へのこ)は、住宅地じゃないので、危険(きけん)は少なくなるだろう。基地は悪(わる)いとは言わない。でも、辺野古に移設(いせつ)しても基地問題(もんだい)自体はなくならない。

 岡中 米軍基地があるから日本は守(まも)られているのを忘れちゃいけない。基地があるのは、日本にとって仕方(しかた)がないかもしれない。

 喜多西 僕が沖縄県(けん)人だったら、絶対(ぜったい)基地に反対(はんたい)する。「本土」の目で沖縄を見るのはどうか。沖縄以外に基地をつくるとか、沖縄だけに負担(ふたん)をおしつけないようにしなければ。

戦争繰り返してはいけない

 −みんなにとって平和とは何だろう。平和のためにみんながするべきことは。

 甲斐 いま、日本は平和が脅(おびや)かされている。北朝鮮(きたちょうせん)から核爆弾(かくばくだん)や、ミサイルが飛んでこないとも限(かぎ)らない。平和とはそんな不安(ふあん)のない社会のこと。

 喜多西 普段(ふだん)、学校(がっこう)に行って勉強(べんきょう)したり、友達(ともだち)と楽しくしゃべったりする。毎日、安心(あんしん)して暮(く)らせること。それが平和かな。

 岡中 沖縄の歴史(れきし)や苦難(くなん)を知らない人が周りにたくさんいる。友達や家族(かぞく)、近所(きんじょ)の人に沖縄戦や基地で揺(ゆ)れる沖縄の現実(げんじつ)をもっと知ってもらおう。

 伊藤 そう、沖縄で悲(かな)しい戦争があった。沖縄では今も、基地問題で大きく揺れている。知れば知るほど、沖縄の苦難と平和のありがたみを感じる。私たちは、再(ふたた)び戦争を繰(く)り返(かえ)さないように沖縄のことを未来(みらい)に伝(つた)えていかなければならない。 (構成(こうせい)・浦上豊成(うらかみほうせい))

感想

 伊藤(いとう) あんな美(うつく)しい島(しま)にあんな悲惨(ひさん)な歴史(れきし)があったなんて。沖縄(おきなわ)について考えることができた。

 喜多西(きたにし) テーマは少し難(むずか)しかったけど、何が大切なのか分かったような気がした。 

 岡中(おかなか) 沖縄であった戦争(せんそう)のこと、いま問題(もんだい)になっている基地(きち)のことをあらためて考えさせられた。

 甲斐(かい) テーマについて、考えてきたつもりだったが、うまく話(はな)せたかどうか…。

 沖縄戦(おきなわせん)と基地問題(きちもんだい)  沖縄戦は太平洋戦争末期(たいへいようせんそうまっき)の1945年、米軍(べいぐん)と日本軍との戦い。3月に米軍が上陸(じょうりく)後、3カ月間に及(およ)ぶ激(はげ)しい地上(ちじょう)戦の末(すえ)、沖縄は米軍に占領(せんりょう)された。日本人約(やく)20万人、米軍約1万2000人が死亡(しぼう)、このうち沖縄住民(じゅうみん)9万4000人が死亡したという。この戦いで、負傷兵(ふしょうへい)を看護(かんご)したひめゆり学徒隊(がくとたい)240人のうち、136人が殺害(さつがい)されたり、自決(じけつ)によって命(いのち)を失(うしな)ったという。

 戦後(せんご)、沖縄には米軍基地が多数建設(たすうけんせつ)され、日本全体(ぜんたい)のわずか0.6%しかない沖縄に在日(ざいにち)米軍施設(しせつ)が70%も集中(しゅうちゅう)している。米軍基地が関連(かんれん)する事件(じけん)・事故(じこ)も少(すく)なくなく、「広大な米軍基地は沖縄の発展(はってん)を阻害(そがい)している」ともいう。米軍普天間飛行場(ふてんまひこうじょう)を辺野古(へのこ)に移設(いせつ)する工事(こうじ)が4月下旬(げじゅん)に始(はじ)まった一方(いっぽう)で、住民らの反対運動(はんたいうんどう)が続(つづ)いている。

 

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