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【わたしと新聞】坂本貴生(下) 東日本大震災忘れない

 東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)が起(お)きた当時、私(わたし)は六年生を担任(たんにん)していた。卒業式(そつぎょうしき)を間近に控(ひか)え、体育館(たいいくかん)で六年生と卒業式練習(れんしゅう)をしていた時、歌を歌っている子どもたちの体が左右に揺(ゆ)れ始(はじ)めた。

 最初(さいしょ)は、音楽に合わせて体を横(よこ)に振(ふ)っているのだと錯覚(さっかく)していたが、揺れ幅(はば)が大きすぎるので異変(いへん)に気付(きづ)き、子どもたちをすぐにその場で座(すわ)らせた。外のプールの水が大きく揺れていたので、地震(じしん)が起きていることに気付いた。そして、東北(とうほく)での大災害(さいがい)を知る。死者行方不明者(ししゃゆくえふめいしゃ)の数が連日増(れんじつふ)えていく新聞記事(きじ)を読みながら、助(たす)けに行くすべがない自分の無力(むりょく)さを痛感(つうかん)した。

 今できることは何かと考え、震災翌日(しんさいよくじつ)からの新聞を保存(ほぞん)することに決(き)めた。震災を知らない子どもたちに、被害(ひがい)を伝(つた)えていくことが私の使命(しめい)だと感(かん)じたからだ。震災から五年が過(す)ぎ、現在(げんざい)、クラスの児童(じどう)は、震災時はまだ小学校に入学前。震災当時のことはほとんど覚(おぼ)えていない。そこで、当時の新聞記事を見せた。記事を読むと真剣(しんけん)な表情(ひょうじょう)になり耳を傾(かたむ)けてくれた。これからも震災の悲惨(ひさん)な現実(げんじつ)や、復興(ふっこう)に立ち向(む)かう姿(すがた)を子どもたちに伝えていきたい。 (さかもと・たかお 石川県金沢(けんかなざわ)市内川(うちかわ)小学校)

 

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