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【わたしと新聞】坂本貴生(中) 発信のねらい考える

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 私(わたし)が小学校の教員(きょういん)として数年がたったころ。五年生の社会科の授業(じゅぎょう)を見せていただいた。あるスーパーの閉店(へいてん)を伝(つた)える二社の新聞記事(きじ)を比(くら)べる授業であった。

 Aの新聞社は「長年親(した)しまれていたスーパーが閉店。地元の人の惜(お)しむ声」の見出しで住民(じゅうみん)の声を中心に伝えていた。Bの新聞社は「スーパーの跡地(あとち)は駐車場(ちゅうしゃじょう)に生まれ変(か)わる。近隣(きんりん)の総合病院(そうごうびょういん)の混雑緩和(こんざつかんわ)へ」と閉店後の土地の活用を中心に伝えていた。

 事実(じじつ)だけ伝えると「スーパーが閉店」という見出しになる。二社の記事は、それぞれの記者(きしゃ)が住民のAB二通りの思いを代弁(だいべん)しているようであった。住民の中にはAのような思いを持(も)っている人も入れば、Bのような思いを持っている人もいる。また、全(まった)く異(こと)なる意見(いけん)を持っている人もいる。

 授業の目的(もくてき)は「情報(じょうほう)には、発信者(はっしんしゃ)の意図(いと)が込(こ)められていることに気付(きづ)く」。AとBの新聞を読み比べることで、それぞれの新聞社の意図がより明確(めいかく)になり、子どもたちにも分かりやすい授業であった。これをきっかけに、私も新聞を読む視点(してん)が変わった。発信者の意図を想像(そうぞう)して読むことで、何を伝えたいかを考えられるようになった。(さかもと・たかお 石川県金沢(けんかなざわ)市内川(うちかわ)小学校)

 

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