トップ > 北陸中日新聞から > マナビバ > あらかると > 記事

ここから本文

あらかると

【わたしと新聞】坂本貴生(上) 野球の数字がきっかけ

写真

 私(わたし)が生まれ育(そだ)ったのは能登(のと)の田舎(いなか)。当時は、情報(じょうほう)を得(え)る手だてと言えば、テレビ、新聞(しんぶん)、ラジオであった。私が小学校の頃(ころ)は、テレビのゴールデンタイムには必(かなら)ずプロ野球(やきゅう)の生中継(ちゅうけい)が放送(ほうそう)されており、テレビを見ながら毎晩応援(まいばんおうえん)することが日課(にっか)のようになっていた。応援するチームが勝(か)てば気分が高揚(こうよう)し、負(ま)ければ意気消沈(いきしょうちん)していた。試合(しあい)に勝った次(つぎ)の日に楽しみにしていたのが、新聞のスポーツ欄(らん)を読むことである。打者(だしゃ)であれば、打率(だりつ)、本塁打(ほんるいだ)、打点(だてん)。投手(とうしゅ)であれば、勝ち数、防御率(ぼうぎょりつ)などの数字を見て楽しむ少年であった。また、野球とともに大相撲(おおすもう)も人気があった。千代(ちよ)の富士(ふじ)や小錦(こにしき)が活躍(かつやく)。特(とく)に千代の富士が無双(むそう)の強さを発揮(はっき)し、連勝記録(れんしょうきろく)を続(つづ)ける新聞記事(きじ)に興奮(こうふん)していた。

 私と新聞との出合いは、スポーツ欄に目を通すことから始(はじ)まった。中学、高校と進学(しんがく)するにつれて、政治(せいじ)欄、経済(けいざい)欄、ローカルニュースにも目を通し始め、徐々(じょじょ)に読む時間も増(ふ)えていった。インターネットで簡単(かんたん)に情報を検索(けんさく)し閲覧(えつらん)できる時代。それでも新聞を読むことは、今でも日々(ひび)の楽しみの一つである。 (さかもと・たかお 石川県金沢(けんかなざわ)市内川(うちかわ)小学校)

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索