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【楽しむ】卒寿ボウラー 情熱フル回転

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 ガコーン。甲高い音を響かせピンが飛ぶ。熟年の姿が目立つ平日のボウリング場。その中で異彩を放つ奥善治さん=金沢市八日市三=は、九十歳の今も現役のアマチュアボウラーだ。毎月四、五回試合を楽しみ、150点のアベレージを保つ。卒寿を迎え九月には、全国の長寿ボウラー番付で「横綱」に認定された。

 十月初旬、自宅近くの御経塚グランドボウル(石川県野々市市)であったシニアの月例会。両膝を開いて腰を落とした独特の構えから、1番ピンと3番ピンの間の「スポット」を狙う。軽くフックする球筋で危なげなくスペアを重ね、ストライクが出ると、小さくガッツポーズをして、仲間から差し出された手に笑顔でタッチした。

 六十歳以上の十四人が四ゲームの総得点で競う大会で、結果は下から二番目のブービー賞。オイルが残った午前のレーンはボールが滑ってコントロールが難しい。この日は四つのマイボールを投げ分けたが、「曲がり方の加減が最後までつかめなかった」。

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石川初「横綱」に

 全国五百センターが加盟する日本ボウリング場協会(東京)によると、趣味として定期的に楽しむ九十歳(女性は八十八歳)以上から横綱は選ばれる。今年は男性二百四人、女性百八十八人。奥さんは八十代半ばになった「関脇」「大関」を経て県内初の横綱に昇進した。

 始めたのは四十五歳から。勤めていた銀行の近くにボウリング場ができたことがきっかけだ。当時は一大ブームで、金沢市周辺にも十カ所ほどあったという。「ストライクの音がいい。スペアをとるのも快感」で、のめり込んだ。

 仕事が終わると自転車でボウリング場へ。一日おきに通って投げ込んだ。腕を磨くと、五十歳ごろから大会に出場するように。北信越シニアのダブルスでは二位に輝いた。スコアも次第に伸び、六十歳で267点のハイスコアを記録した。

 半世紀近いキャリアの中、二十年ほど前に島根県であった全国大会の前夜祭で、中山律子プロから賞品を受け取ったことは忘れられない。ブームをけん引した名選手。「フォームがきれいで、あこがれでした。いい思い出です」

イメトレは毎日

 最初は14ポンド(約六・三キロ)だったボールは、今は13ポンド。膝への負担を減らすため、そろそろ12ポンドに落とそうかと考えている。週三回の練習を二回に減らそうかとも。それでも毎日、ストレッチとプロの試合のビデオを見てのイメージトレーニングは欠かさない。

 「家では階段を上がるのもやっとなのに、ボウリング場に行くとシャンとする」と笑う奥さん。全国には百歳の現役もいる。「そこまでいけるかどうか分からないけど、九十五歳ぐらいまでは投げたいね」。情熱は衰えない。 (鈴木弘)

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鈴木記者もやってみました!

 久しぶりに投げて落ち込んだ。100点に届かない。投球が安定せずボールは右へ左へ。そこで御経塚グランドボウル支配人の朝倉丘雄(たかお)プロにワンポイントレッスンをお願いした。

 まずは立ち位置。自分は5歩助走のためファウルラインから5歩戻り、ライン手前に並ぶ●印の右から3番目に右足のつま先を合わせる。投げるときは、肩を支点に振り子の要領で。狙うのは約5メートル先にある右から2番目の▲印(ターゲット、スパット)だ。遠くのピンを意識しすぎると誤差が広がる。大切なのは「力を入れないこと」。最後はスライドさせた左足にしっかり体重をのせる。

 スコアを伸ばすには「1番ピンを絶対に外さないこと」と朝倉プロ。ボールがポケットに入るとストライクの確率はぐんと上がる。「野球の素振りやゴルフのスイングと同じ。精度は回数に比例します」

 それから−。2週間で6日通った。2番ターゲットをにらみながら計25ゲームを投げて下は66点、上は169点。平均すると120点を超えるように。“武器”のマイボールも新調した。後は練習あるのみだ。

 

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