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【楽しむ】手打ちそば 父の味 追って

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 石川県小松市龍助町には、宿場町の往時をほうふつさせる町家が並ぶ。その一角。ござ屋だった築八十年の町家で、手打ちそばが味わえる。ただし土曜日限り。玄関脇の板間は古本がずらり。奥にある茶の間と座敷は飲食スペース。古書店兼カフェ「こまつ町家文庫」は、落ち着いた雰囲気でゆっくり古本が選べる。

 コーヒーや加賀棒茶、季節の自家製スイーツが飲食の定番。三年前から週末に「手打ちそば」が加わった。今では十食限定のそば目当ての来客もある。

ぼそぼそ 失敗続き

 そばを打つのは、金田良さん(68)=小松市安宅町。高校を卒業後、JA能美(同県能美市)に就職。五十五歳で定年退職したが、再雇用で勤め続けた。最後は能美市の農協系列のガソリンスタンドで働いた。契約が切れた三年前、定職から離れた。「悠々自適って言ったら、そうかもしれん」。ゴルフや磯釣りで浅黒くなった顔で、はにかむ。

 そばを打ち始めたのは、二十年ほど前。ちょうど小松市で開かれたそば打ち教室のちらしを目にした。趣味を広げたい。軽い気持ちに誘われつつ、そばへの思いが、生まれ故郷の同県宝達志水町にもあると気づいた。幼い頃、父親が年末になると、年越しそばを打ってくれた。「石臼で挽(ひ)いて。うちの周りも同じ。太くて短いそば。忘れられん」

 思い立つと、ホームセンターに向かった。こね鉢、駒板、めん棒、そば切り包丁。道具をそろえ教室に通った。といっても一日だけ。水の混ぜ方、こね方など結局、自己流。市販本も参考に何度作っても、ぼそぼそ。そばにならなかった。

 新そばが出ると、挑んだが何年たっても相変わらず。白山市にある道の駅の食堂で、手打ちそばの実演をガラス越しに一時間、見続けたことも。八年ほど前、思い余って、その食堂のそば打ち職人に聞いた。水を加減し、もっとこねるようアドバイスされた。試すと、そばができた。

10食限定 商売二の次

 北海道、岩手、福井。名産地のそば粉を使った。「香りが抜群」だったのが白山市鳥越地区のそば粉。家族に振る舞い、年末には親せきに年越しそばを渡すようになった。定職から離れたころ、文庫を営む娘(42)から声が掛かった。

 カフェでは、丁寧に手早く仕上げ提供した。客の反応が心配だった。「おいしい」、中には「こんなうまいそばは食べたことがない」。自信を深め、夏は天ぷらを揚げ、とろろを添える。冬は鴨(かも)南蛮か、イノシシ肉でぼたんそばにする。商売は二の次。十食限定のまま。でも昨年末、年越しそばを初めて店頭販売してみた。五十食。完売した。体力的にきついが、今年も作ると決めた。「家族連れ、特に小さい子どもに食べてほしい」。父との思い出を、今度は自分がそばに込める。 (浅野宮宏)

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浅野記者もやってみました!

 粉に水を入れ、こねて、延ばして、切る。「切る」を除けば、工程はギョーザの皮作りとそっくり。学生時代、友達に上々の評価をもらった手作りギョーザの体験を胸に秘めていた。数回通えば、うまくなるだろうと。全く、なめていた。

 こまつ町家文庫の台所は窓越しに箱庭が眺められ、ロケーションがいい。そば粉の袋を開けると、そばの香りに鼻腔(びくう)がくすぐられ、たまらない。「いい香りですね」。毎回、同じフレーズが口をついた。幸せなのは、ここまで。

 水、そば粉など分量は、計量器できっちり量る。水をちょろちょろ入れつつ、指先で、そば粉をなじませる。湿度を考えわずかに水量を変えて。後から水、そば粉を足しても無駄。わずかな差が、ゆくゆくは命取りになる。

 両手の人さし指を絡め、粘土状に固まったそばを包み込むように、手のひらに体重を乗せて練る。何度やってもうまくいかない。そばは乾燥が大敵。思案しながら練っていると、「そばが風邪をひく」。見かねた金田さんに何度もバトンタッチされた。そばは生ものだが、人のように見立てるのには驚いた。

 練り上げたそばから空気を抜く菊もみは至難。めん棒で丸く延ばしたそばを四角にする角だしは何度やっても台形に。断面の美しさと小気味いい音を堪能できたそば切りは、太さがバラバラ。毎週土曜日、何度も打たせてもらった。だが、いつも仕上がりに近づくにつれ、金田さんのそばと自分の違いは歴然だった。このままでは終われない。そう思いつつ、先行きの遠さを思い知らされた。

 

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