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【楽しむ】90歳 完全開脚 ちりも積もれば

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 女性七十人の好奇の目が一点に注がれている。無理もない。バレエのレッスン場にひとり九十歳の男性が交じっている。

 昨年十一月に都内で開かれたバレエの基礎的な動きを身に付ける教室。福澤盛吉(もりきち)さん=東京都渋谷区=の姿に会場は「なんなの、このおじいさんは」といった雰囲気で包まれていた。そもそも、入会を申し込むと、その後に電話がかかってきて年齢を理由に「だれか付き添いが来てもらわないと」と求められた。

 いわば、なめられていた。が、教室が始まると一変する。驚きの声がため息に変わり、やがて静寂に包まれた。周囲の騒ぎをよそに福澤さんは完全開脚を涼しい顔でやっている。ほとんどが中高年の生徒の中に一八〇度に両足を開き、上体を床に倒せる人はいなかった。

90度から朝夕5分

 完全開脚それ自体を目的に始めたわけではない。八十歳の時、毎朝三十分、スキーのストックを手に歩くノルディックウオーキングを始めたが、疲れて足がこわばる。そこで、ストレッチに取り組むことにした。開脚の角度は最初は九〇度ほどで手がやっと床につく程度だった。だがちりも積もれば山となる。毎日、朝夕各三十分のストレッチのうち、五分を開脚にあてた。二年ほどたつと、角度は一八〇度に、上体は床につくようになっていた。

 「コツを意識したことはない」。ただ、この単純な動きが、疲労でぱんぱんになっていた筋肉の疲れが取れていく。血行がよくなり「気力が、体力がみなぎってくる」。なにより、その感覚が「楽しい」と笑う。「あれほど通っていたマッサージも必要なくなった」

歩けぬ地獄を越えて

 そんな福澤さんだが、腰の痛みに苦しんだ日々がある。七十九歳のころ、自宅玄関の壁に取り付けたベンチに腰をかけた途端、接合面が壊れ、ベンチごと床に落ちた。元々、腰は悪かったがこれで脊柱管狭窄(きょうさく)症になった。百メートル歩こうと思っても、痛みで三十メートルしか歩けない。しばらく休んで、また歩いても三十メートルで止まる。その繰り返しでやっと目標に到達する。「地獄のようだった」

 六つの病院を回ったが「完治は無理」「手術は高齢では現実的ではない」などと断られ諦めかけたところに、名医と知られる現国際医療福祉大学塩谷病院長の福井康之さんに出会った。手術を受け「全く痛くない体になった」。リハビリに始めたのがノルディックウオーキングだった。その二年後にストレッチを始めた。

 取材時、写真撮影のために完全開脚をしてもらったが、終了するまでのざっと二十分ほど、開脚を維持してもらう状態が続いた。「しんどくないですか」と心配したが、余計なお世話で「それほど辛くもないですね」。息もまったく上がっていなかった。 (有賀信彦)

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有賀報道部長も2カ月挑戦!

 前屈も満足にできないのに完全開脚に挑む。準備期間は2カ月。無謀だ。だが人生はリングに上がってこそ意味がある。そこで「ストレッチ スタジオ K」(金沢市諸江町6)に毎週1回通うことにした。

 スタジオ代表の觀音(かんのん)慎太郎さん(28)によれば、完全開脚とは150度以上の角度で足を開き顔が床に着くこと。数値を測った。立位体前屈は床面から17センチ上、開脚角度は95度ほど。上体は後ろに倒れそうだ。

 觀音さんが私の足や手を持って、ストレッチを60分間してくれる。再度測ると前屈は9センチ、開脚角度は100度になっていた。

 「1時間でこんなに柔らかくなった。いけるかも」。だが甘かった。毎日15分ストレッチをするが進歩はわずか。スタジオのストレッチでがぜん柔らかくなるのが救いだ。2カ月後、計測に臨んだ。前屈は床より下に4.5センチ。開脚角度は127度。上体は前に倒れ込めるようになり、両肘が床に着くようになった。

 月面に降り立った宇宙飛行士アームストロングの言葉をアレンジして、自分を励ましたい。「普通の人にとっては小さな一歩だが、私にとっては大きな飛躍である」

 

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