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北経随想|アジア随想

TPP 抜けた視点 横川善正

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 私は数十年間、芸術教育に関わり、退職後は金沢市郊外で一ヘクタール余の水田でコメを作る農民である。環太平洋連携協定(TPP)の大筋合意のニュースを聞き、日本の農が育ててきた食の安全と安心のみならず、稲作から生まれた歴史的な祭りや伝統文化の喜び、それを支える地域社会の共同性、自然から学ぶ創造性や畏怖や謙虚さという「こころの知恵」までもが危うくなったと感じる。

 私の住む土地には、長い年月にわたり祖先が開墾し、耕し、改良を重ねた「美田」が残る。憂えるのは将来、維持管理する従事者が絶えて農地が荒れ、国民の足が地面から離れることによるものづくりと創造力の衰退だ。

 仏英など欧州の農業国も、工業化のしわ寄せを受けているが、TPPのような農業を犠牲にする政策にくみしてこなかった。国の農業補助は、食料自給拡大のみではなく、農業従事者が果たす社会の安穏と国土の美化を念頭に行われてきたからである。伊などの老人ホームで高齢者の自立度が高いのは、農を生きがいとこころの糧として日常生活圏に取り入れているからだ。

 これからの日本で、農こそが健康管理とメンタルセラピーの場となり、いのちの根源的な価値に気づかせる情操教育の場として活用されることを提言したい。高度情報管理社会が生み出すストレスと膨大な医療費の国民負担は、コメ農家への政府補助金の比ではないと考えるからだ。

 子どもたちが農業体験に参加、サラリーマンは仕事後ジムで汗を流すように田畑に通う。そうした環境の整備が必要だ。日本の農業は食料自給が半分、あとは創造活動と精神衛生の場として解放されることが望まれる。 (金沢美術工芸大名誉教授)

 よこがわ・よしまさ 1949年金沢市生まれ。74年金沢大大学院文学研究科修了。金沢美術工芸大講師、同大教授などをへて現在同大名誉教授、金沢市立病院顧問。専門は英国文芸史。著書に「誰も知らないイタリアの小さなホスピス」(岩波書店)など。

 

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