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北経随想|アジア随想

交流人口の拡大 横道嘉弘

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 能登は過疎対策が叫ばれ始めて既に半世紀になる。近年特に、能登の人口は急激に減少、少子高齢化が進み、一段と過疎への拍車がかかっている。地域発展のバロメーターである人口が減少する中で、能登の自治体では「交流人口の拡大」が主要な政策課題となっている。 

 北陸は来年春から新幹線時代に入り、新幹線が北陸に新しい夜明けの舞台をつくる。北陸が大陸(渤海)との交流で環日本海の表玄関であった往時のように、経済や文化の豊かな土地になる可能性を持つ。北陸三県が連携して、北陸に日本海時代をつくらなければならない。

 日本海に突き出た能登半島も、のと里山海道、能越自動車道、昇龍道プロジェクトなど交通環境は整ってくる。能登への観光誘客には、より深い「おもてなしの心」が必要となる。揚浜製塩も能登の里山里海のシンボルとして世界農業遺産に認定された。これを追い風に魅力づけを図り、能登の価値をアピールしなければならない。

 江戸時代に、揚浜製塩は加賀藩の政策で能登一円にひろがった。能登は海に囲まれ山林が多いため、その時代から製塩が主産業であった。原始的な製法のため明治のころから衰退の道を歩み、一九五九(昭和三十四)年には日本で唯一、珠洲に角花家の塩田が残るだけとなった。この技法が国の重要無形民俗文化財となり、現在、揚浜製塩は日本で奥能登のみに行われている。

 奥能登塩田村も、この伝統技法を継承するために製塩を営み、塩の資料館を核として「道の駅すず塩田村」を運営している。道の駅を観光拠点として地域の活性化に努めてゆきたいと思っている。 (奥能登塩田村代表取締役)

 よこみち・よしひろ 1938(昭和13)年、石川県珠洲市生まれ。58(同33)年、京都短期大学商経科卒。珠洲商工会議所勤務後、珠洲市議を4期務める。94年奥能登塩田村組合副組合長、2009年奥能登塩田村代表取締役に就任。

 

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