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北経随想|アジア随想

商業の重心移動 小西滋人

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 富山市は森雅志市長のリーダーシップのもと、コンパクトなまちづくりを目指して改正中心市街地活性化基本計画の第一号認定を受け、総合的施策(公共交通の利便性向上、にぎわい拠点創出、まちなか居住推進)を企画してきている。まちづくり会社の設立、低床型路面電車の開業をはじめ、百貨店、広場、駐車場の設置や各種イベント開催など、官民挙げての挑戦的事業が見るべき成果を挙げてきた。

 しかし大都市とは異なり、県庁所在地の中でも極めて人口密度の低い富山市で、ひとたび拡散した持ち家志向の強い市民を、空洞化しかけた中小都市の中心市街地へ呼び戻すのは至難である。部分的な「拠点開発手法」だけでは、広くにぎわいを回復する「波及効果」は生まれない。商業の適正配置の視点からの大規模かつ「総合的開発手法」が必要である。このことは、筆者の二十七年前の米国視察で得た知見でもある。

 部分的拠点開発の結果として、本市中心地商業のいまひとつの課題は、市街地再開発の方向が著しく西方に傾斜して深刻な「商業の重心移動」を来しており、二つの主要な中心商店街の一方に甚大な悪影響を及ぼしている事である。

 加えて郊外商業の出現により、かつての中心地商業の市場規模の縮小は否めない事実である。マンション開発頼みの「居住人口」の増加のみではなく、「広域商圏」からの「来街者人口」の増加によるにぎわい創出こそが、県都富山市の「まち再生」の原点である。

 しかも富山市は地形から三十分通勤圏といわれ、また道路事情から都心流入遮断性も低いため、流出入は比較的弾力的である。それだけに、郊外商業に対抗可能な魅力が中心地商業に求められ、「郊外商業との綱引き」が問われている。

 まち再生の基本は、来街客の「回遊性」を確保できる「中心地商業の適正配置」であり、まさに富山市は「まち再生」の先進事例としての社会実験室といえる。

 (金沢星稜大名誉教授)

 こにし・しげと 1937(昭和12)年、富山市生まれ。金沢星稜大元学長。前北陸大教授。商学博士。石川県大規模小売店舗立地審議会会長なども務めている。主著に「小売競争の理論」(同文館、1971年)

 

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