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挑戦 北陸財界ものがたり

YKK(7) 黒部住みたいまちに

創業者の父・吉田忠雄氏や黒部事業所について話す吉田忠裕会長=東京都千代田区で

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吉田忠裕会長に聞く 

 富山県黒部市に拠点を置くYKK(本社・東京)は二〇一四年一月、創業八十年を迎えた。創業者吉田忠雄氏の長男で現在、YKKグループを率いる吉田忠裕会長が、忠雄氏の思い出や黒部での今後の取り組みなどを語った。

叱って人育てた

 父、忠雄とは小さいころから家で夕食を一緒に食べた記憶がない。家庭では仕事の話は一切しなかった。家庭に仕事は持ち込まなかった。父は東京に住んでいたが月の後半が黒部。取締役会もあったから。

 黒部の家でも海外出張でも父はワイシャツや下着を全部、自分で洗う。たたむのも自分。海外ではズボンにも毎日、自分でプレスを掛けた。それは一貫していてタオルの絞り方と同じで仕事の延長。こうすればああなる、こうすれば効率よく仕上がる、とか全部、一貫していた。

 父は社員を大勢の前で叱った。原因があって怒るんだが、父は怒りたいというより失敗のケーススタディーをみんなに共有させていた。お金を預けていて失敗した人にも「もう一回、君に預ける。痛い思いをしたからもう失敗しないだろう」と言う。言われた人間は感極まり一生懸命やる。父は人づくりのため怒っていた。

新幹線で通勤圏

 私は東京の本社から社員二百三十人が黒部に移ると発表した。ファスナーを世界展開する長い歴史の中で日本でサポートしていたのは本社でなく黒部。建材も含め黒部が開発と技術の中心になっている。来年三月に北陸新幹線が開業し東京と黒部が約二時間になる。二時間は通勤圏。黒部から東京に来るのも苦にならない。ならば大きな拠点政策として東京に本社は置くが、東京になくてもいい機能は黒部に集めたらいい。

 社員が黒部に移るとなると住むところが必要。働く人は日本人もいれば外国人もいる。家族を含めて住みたい、住んでよかったと言われるようなまちづくりを自治体も含め行政にお願いしている。五年かかるか十年かかるかと言っているが、五年で何か見えてこないと、私も文句を言うかもしれない。黒部に拠点があったので幸せだと思っている。

  (YKK編おわり)

 よしだ・ただひろ 1969(昭和44)年、慶大法卒。72年米ノースウエスタン大経営大学院でMBA(経営学修士)を取得。同年、吉田工業(現YKK)入社。企画室長、ファスナー事業本部長などをへて85年副社長、90年YKKアーキテクチュラルプロダクツ(現YKK AP)社長を兼任。93年吉田工業社長、94年社名をYKKとし2011年YKKとYKK APの会長CEO。富山県出身。67歳。

 

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